ごちゃごちゃ | ナノ
天の邪鬼


「総悟、そろそろ行くぞ」

「…」

「チッ、こいつまた寝てやがる」

「いいからそのままにしとけ。迎えは俺たちだけで行こう。帰ってくるころには総悟も起きてるだろう」

近藤さんと土方さんの足音が消えていくのを耳にして、ようやく目を開けた。
今日、あの人が江戸にやって来る。最後にあったのは武州にいたころ。真選組を結成することになってその見送りのとき会ったきりだ。手紙はたまに来るものの、いまどんな風に変わったのか知らない。

「あー」

らしくない。まったく俺らしくねェ。
こんなに胸がざわつくなんて。


『それじゃあ、行ってきます』

『元気でね、総ちゃん』

江戸へ向かうその日、姉上の隣に立ったまま結局あの人はなにも言わずにいた。ガキだった俺は、誓った。この浮わついた気持ちを絶対に言わないと。侍になるからにはそんな感情はいらないとくそ生意気に考えていた。
…ま、あれから何十年経ってもその考えは変わらないけど。

『総悟くんも江戸に行くのね』

『……近藤さんについてく』

『寂しくなるな』

くす、と笑うからなんとなくそれが気恥ずかしくなってうつむく。

『たまには会いに来てくれる?』

『侍は、忙しいから』

『ふふっ、そっか。じゃあわたしが会いに行こうかな。そしたら迎えに来てね』

『…暇だったら行ってやってもいい』

『ありがと』

地面の草を意味もなくぶちぶち抜く。どきどきとうるさい心臓がむかつく。その腹いせとばかりに思いきり大きな草を引っこ抜いた。


いつの間にか目をつぶってうとうとしていると、車のエンジン音と近藤さんの大きな声が聞こえて目を開けた。
そろそろ行かないと本当に土方さんにぶっ殺される。面倒くさいことになる前にむくりと体を起こして門へと向かった。

「久しぶりだな」

土方さんと並んだ姿はすっかり大人の女のそれで、またひとつ自分の知らないところで離れていってしまったのだと感じた。
ふと、目が合うとさらに笑顔が増した表情で名前を呼ばれた。

「総悟くん!」

「やっと起きたか」

「…どーも」

「すっかりかっこよくなっちゃって。びっくりした」

にこりと笑う姿があの頃と重なる。そして思いしる。俺の気持ちはあれからまったく変わってやしないってことを。

「疲れただろう。とにかく上がってくれ」

荷物を持つよう指示されて、パトカーのトランクに積まれたカバンを手にとる。近藤さん、土方さんに続いて屯所の門をくぐるとうしろから感嘆の声がした。

「……大きい」

「まあな。ここで俺たちが生活してる」

「ホントに真選組になったんだね」

「はっ、なんだそりゃ」

土方さんが小さく笑うのを横目に、さっさと靴を脱いで客室にむかう。

この何年かで誰しもなにもかも変わった。江戸へと出た俺たちは真選組というそれなりの組織になり、刀をふるって生きている。俺は年を重ねて姉上は死んだ。そしてこの人も。

「今日はみんなに言わなきゃいけないことがあって」

「ん?なんだ?」

「わたし、結婚するの」

頬をすこし赤らめてぽつりとそう言う。近藤さんがぽかんとした沈黙あと、ガハハハと豪快に笑った。

「そうか!おめでとう!今日はお祝いも兼ねてぱーっと飲むか」

「近藤さん、あんま飲みすぎるなよ」

「ふふ、ありがとうございます」

照れたように笑う姿に、また言い様のない思いにかられる。

「……うんこしてきまさァ」

どうしてもその場にいられなくなって、手をポケットにつっこんで3人に背を向けた。呆れたような近藤さんと土方さんの怒鳴り声が聞こえたが気にしない。





自分の部屋に戻ってお気に入りのアイマスクをかぶる。
自分の性格はよくわかっているつもりだ。好きなものは嫌いと言って、守りたいものは傷つけてしまう。素直に動けたことは一度だってない。それでもいい子だと褒めて頭を撫でてくれたのは姉上とあの人だ。

「こんな所にいた」

不意にひょこりと顔を出したのは脳内で思い出していた人と同じだ。寝転がっていた体を起こして見つ返す。

「みんな、待ってるよ」

「宴会ですかィ」

「うん。近藤さんが大暴れしてる」

くすくす笑ってほら、と手を伸ばされた。ためらいながらもその手をとる。

「…ホントに大きくなったね」

しげしげ手のひらを見つめられてそうこぼした。それになにも返せず黙って手を離す。行こうか、と背を向けて歩き出すあとに続いて行く。

「……結婚相手、どんなやつですかィ?」

「いい人よ。優しいし」

「俺よりいい男?」

「どうかな。総悟くんのほうがカッコいいかも」

肩が揺れているのを見るとおそらく笑っているんだろう。
暗闇にぼんやり白く浮かび上がるうなじからはどこか色気がただよう。そう思ってしまうのは俺がこの人にやましい気持ちを抱いているからか。絶対に触れてはいけない神のような人。同時にぐちゃぐちゃに壊してみたくもある。でも、

「結婚おめでとうございやす」

「………ありがとう」

大切な人。
死や戦いを知っている俺にはあんたを幸せにできない。今さらながら土方のヤローの姉上への気持ちがすこしでもわかってしまったことが悔しい。

「総悟!遅いじゃないか」

「さっさと座れ」

「ほら、総悟くん」

好きだと認めたくないし、言いたくもない。
でもせめて笑っていてほしいと願うことくらい、いいじゃねーか。そんなちっぽけなことガラにもなく思う自分を、今だけは許してやりたい。




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