今日は飲み会だと言っていたから帰りは遅くなるはずだ。
久しぶりのひとりだけの晩ごはんは宅配ピザというかなり手抜きのもの。銀時がどんなに酔っていても明日は休日だから大丈夫だろう、と思っていた矢先。
「たっだいまー」
異様に陽気な声が玄関から聞こえてきた。いやな予感がしながらも向かえば、案の定そこには顔を赤くした旦那がいた。
「ちょっとやだ、どんだけ飲んだの?」
「うー」
わたしの問いに答えずに意味もなく唸っている。
銀時はお酒が好きなわりにはあまり強くない。しかもそれを学習しながらなおさら質が悪い。今日も家をでるときにそのことを散々言って聞かせたのにこの様だ。
ほら立って、と肩を貸すと全体重をかけてくるからなかなか進まない。小言をぶつぶつ言いながら引きずってソファーに放り投げる。それでもなんの反応もなく、顔を赤くしてごろごろしているだけ。
「銀時、ホント大丈夫?」
「あー、眠ィ」
「飲みすぎないようにって忠告したでしょ?」
「愛してるぞー」
「ばか」
完全に酔ってる。
腕を広げて唇をつきだしてくるのを片手で押しやる。照れとかそういうのを通りすぎてもう呆れてしまう。
水持ってくる、と言い残して立ち上がるもたぶん銀時自身はなにを言われているかわかっていないだろう。ホントに酔いすぎ。
コップを持ちながら戻るといつの間に起きたのかソファーに座って赤い顔でこちらを見ている。
「はい、水」
「ん」
ぱかっと口を開けているから飲ませてくれとでも言うのか。
「やだ、自分で飲んでよ」
「口移し」
「……ここ置いとくから」
素面だったら絶対に言わないはずのことをさらっというから調子狂う。ちょっとだけときめいてしまった自分が悔しくてくるりと背を向けた。
「うあっ」
それと同時にうしろから小さく叫ぶ声がした。見れば案の定コップの水がこぼれて、銀時のワイシャツにしみを作っていた。
「あー、もうなにしてんの」
手近にあったタオルを片手にソファーに駆け寄る。
ぶつぶつ小言を言いながらワイシャツをぽんぽん叩いていると手首を掴まれた。
「拭けないんだけど……っ!」
あっという間のことでなにも反応できないまま、わたしの視界はぐるりと反転して気づけば目の前に銀時の顔が。
抵抗しようとじたばたしてみても、徒労におわる。
「どいてよ」
「……」
「邪魔」
「…………なァ」
「……なに」
「俺と結婚して幸せ?」
「な、なによ急に」
「答えろよ」
ぐっと手首に力が込められて銀時の紅い瞳が近づく。顔をそらすこともできずにただ見返すだけ。
「ぎ、銀時はどうなのよ」
「俺?」
「わたしと結婚して良かった?」
困ることを聞かれたら逆に相手に聞き返せばいいと教えてくれたのは誰だっけ。うまく話をそらせられたらいいけど、とちょっとした期待をこめてそう問う。
だけど銀時の答えは予想の斜め上だった。
「当たり前だろーが。好きなやつと結婚して後悔するやつがどこにいんだよ」
押さえ込まれていた手首が自由になっていて、銀時が覆い被さってぎゅうと抱きしめられた。
「………好きだ」
お酒のせいか、熱い吐息が耳元にふきかけられる。
酔ってるからってずるい。きっと明日になったら忘れて二日酔いでだるそうにしているくせに。…ホントにずるい。
わたしにできることと言ったら黙って抱き締めかえすだけだ。
「好きだ」
「…」
「好きだ」
「…わかったって」
うわごとのように繰り返されて、心臓がぎゅっとつかまれるような感覚。
きっと今日の飲み会で誰かになにかを言われたんだろうけどこんなに弱気な姿は珍しい。夫婦といえど言葉で伝えるのは恥ずかしいから、心のなかで何度も名前を呼んだ。