…むかつく。
トントンと人差し指で机を叩きながら眉をひそめた。わたしの視線の先にいるのはきゃいきゃいと騒ぐ女子生徒と沖田総悟その人だ。
ここがわかりませーんなどと馬鹿みたいにほざく姿にいらいらする。
「てめえらこんなのも分かねェのか」
教師にあるまじき乱暴な言い草だけど、女の子たちはさらに色めきだす。…そしてわたしもキュンとする。
沖田総悟――この銀魂高校の数学教師である。顔はいいが、口をついて出るのは罵倒の数々。かわいらしい容貌とは正反対のその性格がうけたのかどうかは知らないが、女子生徒はもちろん、同業者の先生や保護者にまで人気がある。そしてもちろんわたしもそのなかの一人だ。
「ほら、チャイム鳴ったんだからさっさと教室戻る!」
「えー、ちょっとくらいいいじゃあん」
語尾を伸ばすな、語尾を!
またイラッとしながら生徒の背中を押す。女子生徒の文句を遮断するように職員室のドアを閉じる。
「俺は別に気にしてないんですけどねィ…」
にたりといやな笑みを浮かべて試すような視線を投げられる。それをどうにか受け止めて笑い返してみる。
「沖田先生、」
今日は朝はやく起きて髪をちょっと巻いてみた。上目遣いで見つめてみる。
かわいいだとか、抱きしめたいだとか、すこしくらいわたしにぐらついてくれたら嬉しい。そんな下心をこめて、出来るだけ甘い声を出す。
「俺、」
「なんですか…?」
「便所いってきます」
期待を持ったわたしがバカだった。はあ、と曖昧に頷いて沖田先生の背中を見送った。
いつも、こんな感じ。どんなにアプローチしてもあの人がわたしになびくようなことはない。そりゃ、モッテモテの沖田先生からしたらわたしのアプローチなんてごみみたいなもんなんだろうけどすこしくらい進展があったっていいじゃないか。せっかく巻いたのに見向きもされなかったかわいそうな毛先を指でいじりながら大きくため息を吐いた。
*
わたしの精一杯のアプローチは空回りばかりで今日も終わってしまった。とにかくふたりきりになろうとしてもうまい具合に避けられるし、話そうにも生徒たちが邪魔をする。
沖田先生のことだし、わざと意地悪してるんじゃないかと考えてはへこむ。いっそ大嫌いになれれば楽なのに。ぶすくれたまま、目の前のパソコンの画面をにらみつけた。
「…沖田先生、もうお帰りですか?」
「残りの仕事は全部山崎の野朗に押しつけたんで」
いやそれって…、と思いながらもお疲れ様ですと声をかけた。いつも沖田先生に虐げられている山崎先生には本当に同情する。きっといまも涙目で仕事を片付けているんだろうな、と考えてはなんともいえなくなる。
「じゃ」
片手を挙げてさっそうと帰る後ろ姿を恨みがましくにらみつける。
…仕事手伝ってくれたりとか、一緒に帰りましょうとか言ってくれないの。淡い気持ちを踏みにじるようなそっけなさは寂しくて、ちょっと嫌い。
「あ」
「…どうかしました?」
唐突に声をあげた先生に、どうせ忘れ物かなにかでもしたんだろうと返事をする。だって期待するだけムダだ。
「今日俺暇なんですよね」
「はあ」
「…一緒にメシ食いに行きやせんか?」
「え、えええええ!」
ありえないありえないありえない!!持っていた書類を全部落として、大きく目を見開く。
メシって…しょ、食事に誘われてるの!?
なにも言えなくて、金魚のように口をぱくぱくと動かす。そんなわたしを見て、さらに笑みを深くする。
「せっかく綺麗にしたのに、そのまま帰るなんてもったいないですぜ?」
一瞬だけ沖田先生の指先がわたしの髪の毛をなぞっていく。そのまま、わたしの心もさらわれていく。
先生の紅い瞳がきらりと射抜くように、一瞬だけ光った。
「返事は?」
「………はい」
やっぱり、沖田先生には敵いそうもない。
これが恋です
(好きで、からまわって、ちょっと嫌いになって、また好きになる)