※現代高杉
自分でもわかってる。
顔はいい、女から言い寄られることはよくある。頭もいい、大学名を言えば誰もがすごいと手を叩く。
それでも手に入らないものはある。
「晋助、久しぶり」
「おう」
たまたま入った飲み屋で見知った女に会った。どうやらひとりらしく、隣に座るように言われておとなしくそれに従う。
「1ヶ月前だよね、最後に会ったの」
「…あー、そうだっけか」
「全然連絡くれなかったから寂しかった」
嘘を吐くな、と心の中で呟く。女の手の指にある指輪を睨みつける。
男がいる女は、なんとなく雰囲気でわかる。仕草・口調・着ている服。そのすべてが今自分の隣に座る女にあてはまる。
「まァまァ飲みなよ」
「とか言ってお前が飲み過ぎんなよ」
「あはは、気をつける」
冷たい奴だと、なにも感じない無表情の男だとよく言われることがある。だけど実際はひとりの女のことをいつまでも気にするくせに愛の言葉さえ囁けない小心者。
カウンターにある手のひらをじっと見つめる。それを握ってしまいたい、すべてを俺のものにしたい。女との経験は数えきれないほどあるけど、こいつ相手じゃいつもうまくいかない。
もやもやとした感情を消すためにグラスに入った酒を一気に飲んで、バーテンに次のものを頼む。その間、女はぺらぺらと会社の同僚の恋愛話や愚痴を並べたてていた。
「…なんかあったのか」
互いの世間話を終えて、ぽつりと言う。驚いたように目をわずかに見開いてから諦めたように笑った。
「よくわかったね。」
当たり前だ。何年お前のそばにいたと思ってんだ。
喉元まででかかった言葉を酒で流してのみ込んだ。
「…最近、うまくいってなくて」
「…」
誰とか何がとか、聞かなくてわかってしまうのはこいつの指に光るもののせいか、はたまた俺がこいつを好きだからか。
いつも以上に小さく見える女の肩を見つめながら先を促す。
「浮気とか、そんなんじゃないの。ただなんとなくすれ違ってる気がして」
「…仕事、忙しいのか」
「まあね。そのせいで顔合わせる回数はかなり減っちゃった」
自嘲気味に笑う女の唇は小さく震えていて、いまにも泣いてしまいそうだ。
そんな男のために泣いてやるな、と慰めようにも俺の口は強情で決して開くことはない。どうでもいい他の女の前じゃ、安っぽい慰めの言葉を連ねることなんてわけないのにな。
好きだなんて言葉で片付くようなキレイな感情じゃない。欲情や執着、独占欲。汚ならしいくていやらしいどろどろとしたものばかりだ。
「ねえ、晋助」
「…」
「慰めてよ」
濡れた瞳でそう請われればすぐに肩を抱いてそこらへんのホテルに連れ込んで、今すぐにでも俺のものにしたくなる。それかその赤い唇をふさいで呼吸さえできないほど激しく貪ってしまうのもいい。
伸ばしかけた手を止めて、ぎゅっと握りこむことでどうにか自制する。
「酔うなって言っただろうが」
でも、それができないのは誰よりもなによりもこの女が大切で美しいままでいてほしいからだ。
「ほら、帰るぞ」
「……………晋助」
「なんだ?」
「……ありがと」
ガラでもねー、とよくわかってるつもりだ。自分の欲を埋めることよりも、こいつの小さな幸せを願ってしまう。いつだってそうだ。こいつの前じゃ、俺はただの弱い男になりさがる。