いつものような騒がしさは全くなく、ただただ緊張感が流れている。黙って自らの腰にささる刀をぎゅっと握ったり、黙ってうつむいていたり。
そう、これからわたしたちは攘夷志士のアジトへ突入する。
「各自配置の確認はできたな。とにかく列をくずすんじゃねえぞ」
どっしりと腕を組んだ局長の隣で、土方さんが声を張り上げる。そしてそのわきに沖田隊長が赤い目を光らせている。
土方さんの言葉に、もう一度脳内でアジトの地図を思い返してどうやって乗りこんでいくかを確認する。わたしが一斉摘発を体験するのは実はこれが初めてだ。もう心臓がバクバクいって、尋常じゃないくらい手汗をかいている。刀握れんのかなこれ。つるっといっちゃうんじゃないかな、つるっと。
「いいかてめェら!」
いつもより数倍瞳孔が開いている土方さんが低い声が響く。
「俺たちは傷つけるために刀を振るってるわけじゃねえ。命を護るために今ここにいることを忘れんな」
そして行くぞ、と背中を向けて一歩踏み出した。そのあとすぐにあ、と沖田隊長の声がもれた。
「うっわ、土方さんうんこ踏んでらァ。えんがちょー!」
さっきまでの真面目な表情はどこへいったのか、これでもかというほどにやけている。汚ェ、汚ェと大げさに騒ぎながら逃げ回ると土方さんがぷるぷる震えながら立っていた。さらさら黒髪のすき間から真っ赤になった耳がのぞいている。
そっと土方さんの足元を見ると確かに茶色いなにかがある。さすがに周りの隊士も沖田隊長のようには騒げないけど確実に引いているのが空気でわかる。
「あの土方さん…大丈夫ですか?」
「…」
「あ、あれですよね。わたし今日初めて摘発だから緊張をほぐすためのアレ的な感じですよね…はは」
「……ちょっと厠行ってくるわ」
「…はい」
そうして去っていく土方さんの背中が異様に小さく見えて、切なくなった。