パカパカと携帯を開いたり閉じたり。でも電話はおろか、メールも来ない。
ホストという仕事がサラリーマンなどと同じわけない。そんなことは当の昔からわかりきっている。でも。連絡ぐらいはくれたっていいと思う。
もう1ヶ月、いやそれ以上トシと会ってない。一応同棲してるけど、こんなに帰ってこないのは初めてでどうしていいかわからない。ため息をひとつ落とした瞬間にピンポン、とチャイムの音が響いた。もしかしたら。淡い期待を抱いてドアノブを回す。
「こんちはー」
「……金時さん」
へらりとだらしなく笑って目の前に立っているのは以前家に来た失礼な男。なんであんたが、というような目で見ても気づく様子はない。
「久しぶりっすね」
「なんか用ですか」
あ、俺嫌われてる?うざったらしいテンションで話されてまたイライラが増す。
「…トシならいませんよ」
「あ、そのことで話があったんだ」
ぽん、と手を打ってわたしを見つめる。ホストという仕事だけあって、やっぱり顔はいい。普段からカッコいい男性に見つめられることが少ないため、無性に恥ずかしくなって視線を落とした。
「お宅の彼氏さんねー、浮気してるよ」
「は?」
予想していた言葉とはまったく違うもので、面食らってしまった。わたしの驚いた顔を見てひとしきり笑って(やっぱり失礼な男だ)また続けた。
「最近あいつ、アフターすんだよね」
「ア、フター?」
「うん」
アフターという言葉がホストがするどんな仕事を指しているか、よくわかる。だけどそんな。トシがそんなことするなんて。
「ふふ、ショックだった?」
「…あんたどういうつもり」
「俺は親切だから教えてあげてんの」
グイ、と顎に手をやられて無理やり視線を合わせられる。
「慰めてあげようか?」
にやり。そんな効果音が似合いそうな笑みにカアッと頬が熱を持つ。ぱしりとその手を払いのけて目の前の金髪を睨み付ける。
「ふざけないで。あんたの言葉なんて信じない」
クスクスと笑ってどこまでもわたしをおちょくる奴だ。カッとなってさらに続ける。
「わたしにはトシしかいないの」
「でも、最近連絡とってないんでしょ?」
「それでも信じてる」
誰がなにを言おうと待ち続ける。離れたりなんかしない。
「なにしてんだ」
聞きなれた声が聞こえて、その方向に視線をやる。
そこにはわたしと金時さんを交互に見つめて不思議そうな顔をしたトシがいた。
「やっと主役登場、ってカンジ?」
「金時、お前なんで」
「不器用カップルの救済」
じゃーね、彼女さん。ポンポンと数回頭を撫でられて金時さんは背中を向けた。声をかけようとしても、すでに歩き始めている。
「ト、シ」
そしてゆらゆら揺れる金髪から、今度はトシを見つめる。久しぶりすぎてすべてが新鮮。スーツを着たトシも声を聞くのも直接話すのも。
言いたいことは山ほどあるのに、きちんと口に出せるのはトシの名前だけ。
「悪かった、連絡とれなくて」
「…うん」
「心配かけて、不安にさせてごめん」
「…うん」
頬に温かさを感じてそっと瞼を閉じた。数ヵ月ぶりのその熱にぽろりと一粒涙がこぼれた。
ふとマンションを見下ろすとにんまりと笑う金時さんがわたしを見つめていた。ちゃらんぽらんな人だと思っていたけど、本当はすごくいい人なのかもしれない。こちらを見つめている金時さんに向かってわたしも笑顔を返した。