好きな女の子がいる。
彼女のことが好きだと言えば趣味が悪いと言われる。そうだ、だってあの子はわがままで意地っ張りでがさつだから。
俺の部屋なのに、まるで我が家みたくくつろいでいる。世の中節電、節電とうるさいくらい騒いでいるのにそれをまったく意に介さずエアコンからは涼しい風が出ている。
はあ、とこれ見よがしにため息を吐いてもなんのその。読んでいたジャンプは閉じて俺の隣に座りこんできた
「ね、退」
「……なにさ」
彼女が甘い声を出すときは決まってろくなことがない。警戒しながら返事をすると、にっこり笑った。
「これやって」
語尾にハートをつけながら目の前にぐっと差し出されたのは紙の束
「………宿題じゃん」
「数学得意だったよね?自分のスキルアップだと思ってさ。あ、終わったらガリガリくんおごってあげる」
じゃ、よろしく。そう言って止める間もなくどこかに行ってしまった。
分厚い数学のプリントの束。俺の努力はたった60円にしかならないらしい
イヤだと突っぱねてしまうのは簡単だ。ていうかやりたくないし。それでもあの子のお願いには逆らえない自分がいる。
だってきっと断ってしまったら俺との関係なんてまったくのゼロ。そうなってしまうなら“使える男”という地位も甘んじて受け入れてしまう。
めんどくさいなあ、と思いながら手を伸ばして数式を並べる。カリカリとすべての空白に数字を埋めおえたとき、ちょうど良いタイミングで彼女が入ってきた。
「終わったー?」
手伝ってもらったくせに、第一声はそれか。
はい、と手渡したプリントをにんまり満足気に見つめた。
「はい、これガリガリくん」
代わりにと差し出されたのは、おなじみの水色パッケージのそれ。まあ暑かったしちょうどいいかな、なんて許してしまう自分は相当甘い。
シャリ、と食べた瞬間爽やかな味が口のなかに広がる。うまいなあとぼんやり思いながら二口、三口と食べつづける。不意に俺のほうを見つめてきて、すこしどぎまぎしながらなに?と問いかけた。
「退、ありがとっ!」
きゅうん
例えるならそんな音。
弾けるような笑顔でそう告げられて、思わず目を奪われる。どんなに使われたってやっぱり大好きだ。俺にとっての一番はいつだって君だ
「付き合おっか、俺たち」
一斉一代の愛の告白。カッコつけてみても、顔は真っ赤だし、視線も彼女のほうには向いていない。
それでも大好きだな気持ちがむくむく育って、どうしても今この気持ちを言わなきゃいけない気がしたから。
「は?」
「…………え?」
「なんでそんな上から目線なわけ?ていうか、」
「退のこと好きじゃないし」
「…ふぇ」
いかん、あまりの予想外さに変な声が出てしまった。慌てて口を押さえてちらりと彼女を見る。
「あ、やば。そろそろブサメンですね始まっちゃう」
「え、ちょ、待っ」
腕を掴もうと伸ばした手は届かずに、代わりに空を掴んだ。
腕時計を見てそう告げたあと、バイバイとおざなりに手を振って行ってしまった。
数分…いや数時間かもしれない。呆然と自分の部屋の真ん中に座りこんでいた。脳内ではフラれたの4文字が俺を嘲笑うようにぐるぐる回っている。
「えええー……」
ショックというか、拍子抜けした感じ。いやもちろん傷ついたけど。初めての告白がたった7秒で塵となった(しかもドラマに負けた)。
うなだれてうんうん呻く俺には、部屋から出た彼女の顔が真っ赤になっていることなんてこれっぽっちも知らずにいた。