ほら、まただ。
彼の隣で笑っているのはあたしの知らない女の子。たまに髪の毛を撫でては頬にキスを落とす。
誰が見たって恋人同士だ。
それじゃああたしは一体彼のナニ?
「おかえり」
「……おう」
鼻をうっすらと赤くした晋助がコートを脱ぐ。寒かったでしょ?とそれを受け取りながら尋ねれば、いつものようなそっけない返事が返ってくる。
浮気したあとは優しくなるって聞いたんだけどな、と自嘲まじりで小さくつぶやいた。でもそれは晋助の耳に届くはずがない。
「お風呂入る?」
「いや、先にメシ食いてえ」
「わかった。じゃあ用意するね」
同棲を始めてもう数年は経った。距離が近くなった代わりに、なにか大切なものがだんだん消えていってあたし達は今、一本の細い糸でつながれているそんな関係になってしまった。なにが悪かったのか、誰のせいなのか。そんなこと、たぶん一生わからないまま。
「今日はハンバーグだよ。前、晋助食べたいって言ってたから」
「………そーだっけか」
「もう忘れちゃったの?ほんの2、3日前だよ」
「んなこといちいち覚えてねえよ」
そっか、と笑って白いごはんを差し出す。晋助は黙ってそれを受け取って、テレビ画面を見つめたまま食べ始める。
ここに帰ってきてくれるだけでいいよ。メールもキスもしてくれなくていいから、そばにいてくれるならそれで。横顔を見つめながらそんなことを思う。
「ね、晋助」
「あ?」
「髪、切ってみたんだけどどうかな。自分では切りすぎたと思ってるんだけど」
「あー、いいんじゃね」
「……よかったあ」
こちらを一切見向きもしないでさらりとそう言う。本当は髪を切ったのはもう一週間も前だけど、きっとそれにさえ晋助は気づいていないだろう。
「あ、そーいえばさ」
「今度はなんだよ」
「今日友達がね、晋助が駅前のマックに女の子といるーとか言ってたんだけど」
「…」
「ありえないよね、だってバイトあったんでしょ?」
「……ああ、さっきまでな」
「じゃあきっとすごい晋助に似てたんだろうね、その人。一回見てみたいなあ」
「…」
決して追いつめるためじゃない。安心したいの。
晋助が否定すれば、あたしはそれを信じられる。晋助がばればれな嘘を吐くたび、あたしはまだ晋助を好きでいられる。
細かい小細工はいらない、簡単なことでいい
「俺が浮気するわけねェだろ」
「…うん」
「俺が好きなのは、お前だけだ」
あたしが欲しいのはその、たった2文字だけなんだから
その嘘ごとあなたを愛しているから
だけど胸が悲鳴をあげるのはなぜだろう