あたしは馬鹿だ。大馬鹿者だ。
今年で32歳になってしまった。そろそろ結婚を考えなければいけない時期だけど、あたしはもうそんなものこりごりだ。
そう、この歳にしてすでにバツイチである。
あの男と会ったのが18の頃。ハタチになると同時に結婚した。そしてそれがあたしの大きな過ちでもある。
男は浮気する生き物だと、よく言ったものだ。その言葉通り、あの野郎はどこかのかわいい女の子をひっかけては浮気を繰り返した。その度に問いつめたあたしをくだらない嘘で覆って。あの子は妹だから、そう言ったときにはもう目の前に離婚届けを突きつけていた。そうして今に至る。
思い出したくもない、過去だ
「あ、」
そんなある日、とうとう再会してしまった。
本当に偶然ばったりと道端で。見間違えるはずはない、だって銀色の髪をした男なんてこの世に二人といないのだから。
「おー、久しぶり」
間抜けたツラで片手を上げて笑うこいつを思いきり叩いたことは許してほしい。数年前この男の頬にゲンコツを埋めたことを、きっと一切覚えていないだろうし
「んだよ、お前ェは!凶暴的なとこは昔から変わんねーな」
「あんたもそのアホ面変わってないみたいね」
まったく、とため息を吐いているとふと後ろから女が駆けてきた。ぺこりと頭を下げればお返しとばかりに睨まれる。二言三言交わしてからまた戻っていく。
「彼女?」
「……うん、まあ」
煮えきらない返事を聞きながらぼんやりさっきの女の後ろ姿を見送っていると、ある建物へと消えていった。ああ、こいつは本当にバカな男だと頭が痛みだす
「…あの人、妊娠してるの?」
「………ああ」
「生むの?」
「…」
その無言の持つ意味を、わかってしまう。気まずそうに視線をさまよわせている様が浮気を問われたときと同じだった
「結婚するの、あの人と」
「いや」
「…あんた、本当変わってないね」
むしろ前より最低だよ
心のなかでぼそりとこぼして背を向ける。声はかけられないまま、ゆっくり歩き出した。
あたしは自分の運命をとことん呪いたい。なんでこんなに悪運だけが強いのかと。
「また会ったな」
「……あたしは会いたくなかった」
「まァそういうなや。すいません、俺もこいつと同じモンで」
最近知り合いに紹介してもらったバーでひとりで飲んでいると、顔も見たくなかった男がニヤついた表情で隣に座ってきた。
元結婚相手(今自分より若い女アリ・お腹に子どもいる)と会って、同じ席でお酒を飲むシチュエーションってどうなの。……ないだろ
「ちょっともっと離れてよ。せめて一席空けて座って」
「なんだよ冷てーな。昔愛しあった仲だろ」
「気持ち悪い言い方しないでよ。あー、鳥肌たった」
言いながらやっぱり心のどっかでは嬉しかった。離婚したとはいえ何年かは一緒に生活してきたから気心は知れているし。なんだかんだ、楽だ
なにしてんの?から始まり、最近部長がさー、と愚痴に変わる。それを嫌がるでもなく、うまく相づちを打つからどんどん言葉が出てくる。しまいにはあの女とどうやって知り合ったのかとかプライベートな話に移っていった。
「そういうお前はだれか男いんの?」
「んーん、いない」
「へェ、いい女なのにもったいねえな」
「やめてよもー」
時おり頬を撫でる指先にくすぐったそうに笑うと、さらにエスカレート。ぎゅっと手を握ったかと思うとするりと太ももを触る。熱くなった肌に、銀時の冷たい温度が触れるのが気持ちよくて目を細めた。
「…なァ、」
「だめだよ」
耳元で囁かれて体をよじる。それ以上言わなくても、わかる
それでも肩を抱き寄せられ胸元に頭をあずける。とくとくとく。一定のリズムを刻む音が耳に心地いい。ふわふわと浮かびそうな、そんな気分
「…ねむい?」
「んー」
「近くにホテルあるから行こっか」
「ん」
さりげなく腰に手を回されて立ち上がる。歩いているのか、それとも浮いているのかわからないぐらいあたしの頭はワケわかんなくなっていた。でも不思議とそれが気持ちよくて
足元が急にふかふかしたと感じたときには、あたしはベッドに押し倒されていた。ゆっくりまぶたを開けると妖しい照明に照らされたギンイロがあった。
「好き」
「…ん」
「別れてもずっと気になってた。忘れたことなんか一度だってねェよ」
ちゅっ、とこの雰囲気にはかわいすぎる音が響く。でもそれが始まり。例えるなら、リレーのピストルみたいに。スピードにのせて、ゴールまで一直線
あたしは目を閉じた。
*
「もー、バカバカバカ」
「ぅ…ん」
隣でもぞもぞ動く男は全裸。そしてあたしも。
目を開ければ全部夢でしたー、なんてことになってたらよかったのに。
自分がこんなに馬鹿野郎だとは思ってなかった。離婚した夫にほだされて一夜を共にする…ってこんなの昼ドラにもないわ。だれかあたしの頭思いっきりぶん殴ってくれないかな。記憶が飛ぶくらいバーンと
「……ん、おはよーす」
目を擦りながらまぬけな挨拶。あたしと違って後悔も反省もないようだ、この阿呆は。
はあ、とため息を吐くとにんまり笑ってとっても素敵な一言を投げてくれた。
「もっかいする?」
「死ね!!」