ごちゃごちゃ | ナノ
影の暖かさ



「くそっ、どけ!」
「はやく走れ!!」

少年たちは走っていた。人混みのなかをかき分けるようにして、ある場所を目指して。




時をさかのぼること数日前。さほど大きくもない寺子屋に数人の役人が訪れた。なにも告げずにずかずかとそこに入り、まだ授業をしている部屋へと侵入してきた。

「…どちら様でしょう」

怯える子どもたちの前に庇うようにして男が立つ。言葉は丁寧だが、刺がある。

「お前が吉田松陽か」
「はい」
「よし、連れていけ」

吉田松陽と呼ばれた男の腕を役人が掴み、すでに一束にまとめて動きを封じた。わずかに身動いだものの抵抗らしい抵抗はしないままそのまま引きずられていく。そこで役人の前に黒髪の鋭い目をした子どもが立ちはだかる。

「てめェら、先生をどこに連れていく気だ」
「……なんだガキ」
「先生を離せッ!」

体当たりをするも、相手は成人した男。微動だにしない。キッと睨み付ける子どもをおもしろそうに口の端を上げて言う。

「良いことを教えてやろう」
「なんだよ!」
「お前の先生はなァ、犯罪者なんだ。国に対して悪事を働いた悪いヤツだ」
「っ、うそだ!先生がそんなことするわけない!」
「じゃあなんでこうして捕らえられてんのかお前ェ、説明できんのか?」
「それはお前らが悪いやつだからだ!」

少年が叫ぶようにそう言うと、役人たちは大きな口で思いきり笑う。

「悪者か、確かにそうかも知れねえな。なんせてめえらの先生を殺しちまうんだからよォ」
「………ころ、す?」
「ほら、さっさとつれてくぞ」

アゴで指図を出して、役人は子どもの横を通りすぎる。すると、今まで黙っていた頭をひとつに結わえた子と珍しい銀色の髪をした2人の子どもが前をふさいだ。

「なんだァ?」
「行かせねーぞ」

赤い目を爛々と燃やしながら竹刀を構える。それにならって隣の男の子も長い髪を揺らして竹刀を持ちながら男たちを睨んだ。

「ハッ!ガキがなに言ってやがる。少し剣術をかじったくらいで意気がるんじゃねェぞ」

確かに男がそう言うように、少年たちの腕では大人数人に勝つことは難しいだろう。しかしその子たちの両腕はしっかりと竹刀を持ち、迷いはなかった。

そんな姿を見た男たちは生意気だと言うように目を細め、腰に携えた刀に手をかけた。
ごくりと喉が鳴る。
緊張が、走る。

「…銀時、小太郎止めなさい」

今まで黙っていた男がそこで口を開いた。予想外なことで少年たちの目にも動揺が浮かぶ。

「先生、どうしてっ」
「……これでいいんです」

少年たちが大好きだった柔らかい笑みでそう呟いた。なんで、と何度こぼしてもただゆるりと微笑むだけで。
やがてチッと派手な舌打ちをして役人と男は去っていった。

いなくなった師の姿を呆然と眺める子どもたち。しばらくそうして先ほど一番最初に役人に反抗した男の子――高杉晋助が口を開いた。

「…あいつら一体何なんだよ」
「先生のこと殺すって」
「……ンなことさせるわけねーだろ」

ゆるやかに赤い瞳を燃やす――坂田銀時、そしてそれに続いて桂小太郎が拳を固く握りしめる。


少年たちを救いだし、夢を与え、幸せを教えてくれたのはまぎれもなく吉田松陽その人だった。しかし彼らは知らずにいた。世間では『先生』は罪人でありこれから起きるであろうことは誰にも止められないということを。






絶対に先生を助け出す。
それが彼らの胸を燃やす、誓いだった。

先生がどこにいるか、なぜ連れていかれたか。道行く人の会話を盗み聞き、大人に尋ねることでようやく彼らも真実を知った。


「罪人ってなんでだよ」
「……わかんねえよ!でも先生はそんなことするような人じゃねえ」
「ああ、そうだな」

腰には、ぼろぼろの竹刀。思えばこれだって先生がくれたものだ。するりとそれを撫でて走り出す。

間に合うだろうか、いや間に合わなければいけない。今度は俺らが先生を救う番だと少年たちは息巻く。


「くそっ、邪魔だ!」
「どいてくれっ」

人が多いせいで前に進めない。はやる思いだけが、ただ焦らせるばかりで

「先生だ!」

銀時が指差したそこは人だかりのできていて、その向こう側にその人はいた。

「どけよ!」
「先生ッ!!」

自分よりはるかに背の高い大人たちを縫うようにして少年たちは進む。喧騒の中、小さな声が奇跡的に届いたのだろう。ゆっくりと男が顔を上げた。

「せんせ、」
「も、大丈夫だから!俺たち助けに来たんだ」
「今そっちに行くから」

手をぶんぶんと振って、笑顔を向ける。しかし先生はなにも言わない。

「………先生…?」

どうして、どうしてそこから逃げないの?
先生の強さを知っているからこそ生まれる疑問。逃げ出そうと思えば、先生なら簡単に逃げられるはずなのに。ねえ、どうして

「銀時、晋助、小太郎」

低く優しい声で名前を呼ばれて動きを止めた。不思議と、周りの声は聞こえなくて先生の声だけが鮮明に耳に届く。

「恨んではいけないません。この国を、この世界を憎んではいけない」



そして、刃は振り下ろされた。


ほとばしる紅

伸ばした手は、空を掴んだ



「先生ェェエ!!」

師は最期の最期まで、彼らの大好きだった笑みを浮かべていた。




―――1858年、これは後に安政の大獄と呼ばれることとなる。
そしてこの事件は彼らを変える。




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -