あたしがなりたかったのは正義のヒーローだ。小さなころからひとりだけ凶悪な敵に立ち向かうヒーローが大好きだった。その背中が、眩しくて
「だからって真選組はどうだろ」
「うるさいです」
「ヤクザとか良い噂なんかこれっぽっちもないんだよ」
「わかってます」
「しかも監察」
「………山崎さん、それ自分で言ってて悲しくないですか」
隣でソーセージとあんぱんを片手に山崎さんがかわいそうと目で訴えてくる。めんどくさいのでとりあえず無視をきめこんで、冷たい水に足を浸しながら暑い日射しにまゆをしかめた。
「にしてもあっつい」
「俺なんかこれから仕事だからね、こんな暑いのに」
「ハハハ、あたしは潜入捜査っすよ」
「…なんかごめん」
それもこれもすべて副長の命令だ。あーあ、将来ハゲればいいのに
「攘夷志士だってこんな暑けれゃ動きませんよ」
「ホントだよねー。だから休ませてほしい」
「あたしらもう何日寝てないんでしょう」
「そろそろ布団の上で寝たいね」
「攘夷志士に斬られる前に寝不足か熱中症で死ぬ気がします」
「やめてよ縁起でもない」
書類をつくって、聴き込みで情報を集めて……と寝れない日々が続いている。気づけば机の上でペンを手にしながら寝ていたなんてザラ。
「今ごろ君と同じ年頃の女の子は彼氏と遊んだり、おしゃれして買い物したり、かわいい水着で海に行ったりしてるんだろうね」
「山崎さんこそやめてください。心が痛い」
「正義のヒーローなんて小学生みたいな理由でここに入るとは」
「……いいじゃないですか」
「入って2週間で監察に移動だし」
「ハハハ」
そう。失敗ばかりでついに副長がキレて、あたしは監察に飛ばされた。
小柄な身体と足の速さを買われたのだけど、今思えば一番自分に合ってるかもしれない。
「監察なんて陽の光を浴びないきのこみたいな仕事だよ」
「いや、きのこって」
「犯人を追いつめて捕まえるような、まさに君の言う正義のヒーローとは似ても似つかない」
「………」
「そのくせ仕事はつらいことが多いし」
「そーっすね」
「あーあ、なんで俺監察なんかになっちゃったんだろ。もっと会社員とか普通の仕事があったのに」
「あたしだって辞めたいですよ!」
「じゃあ2人で辞表でも提出しに行こうか」
「いいっすね。副長に殺されましょう」
それじゃあどんな文面にしようか、辞めたらなにをしようか、と軽く盛り上がっていたらゴン!と勢いよく頭を殴られた。
「いったァァァ!」
「なにを馬鹿な話をしてんだてめえらは!!」
「ふ、ふくちょ…」
「さっさと仕事しろ!」
「「はいいいい」」
足が濡れているのも気にせずにだだだっと廊下を走り抜けるとうしろからまた副長が怒鳴る声がした。
「どうやらしばらくは辞められないらしいね」
「……そっすね」
こうしてワクワクドキドキ☆真選組脱退計画はおじゃんになってしまったのだった。
愛と勇気だけじゃ世界は救えない
ったくあの馬鹿共は
正義のヒーローねえ
……近藤さん、いたのか
監察あっての真選組だってのに。なァ、トシ!
フン