誘うように赤いワインをゆっくり飲みほして、最後にぺろりと唇を舐める。ちろりと見えた舌に欲情したのか、十四郎の瞳が獣のそれに変わる。
そう、あたしはそれを待っていたのだ
「十四郎」
名前を呼んでまばたきを数回。そうすれば導かれるように十四郎の男らしいゴツゴツした手があたしの腰を撫でる。
部屋に行きましょう、と耳元で吐息まじりに言えば強い力で引っ張られる。余裕がない十四郎がかわいくて愛しくて。気づけば唇は弧をえがいていた。
部屋についた途端、電気もつけずにただ互いの唇をむさぼるように口づけを交わす。ときおり聞こえる吐息の音がさらにあたしたちを燃え上がらせる。
「ベッドまでつれてって?」
スリットの入った真っ赤なドレスから見える白い足を絡めて、唇がくっついてしまうギリギリの距離まで近づけておねだり。そしてその数秒後、あたしの体は宙を舞いドサリとふかふかのベッドの上へと落とされる。
身体中に落とされるキスに肩を震わせて筋肉質な背中に手をまわした。あたしの突然の行動に驚いたのか、びくりと反応したままキスの嵐は止む。
「十四郎………?」
「わ、悪ィ」
自分のしたことを自覚したらしく、慌てて体を離してさっきまで感じていた温もりは消えてしまう。気まずそうに顔をそらしたまま、一向にあたしを見ようとしない。
まったく、とため息を吐いて小さく笑う。
「ホントヘタレね、十四郎って」
「なっ」
「ここまでして止めちゃうなんて。信じられない」
「…」
「あたしはずっと待ってたのよ。ずっと前から十四郎のこと愛して今夜のことを何度も思い描いてた」
するりとシンプルな色のネクタイを撫でる。最初会ったのはいつのことだったっけ。
目付きの悪い男がいると思っていた。誰もよせつけないその雰囲気にすこしずつ惹かれていった。だけどどんなに親しくなってもあたしに手を出そうとは決してしない。この男のブレーキになっているのはきっとあたしの左手の薬指にある、銀色の指輪。
所詮は親の決めた婚約者。あたしのわがままなんて受け入れられるはずがない。
「ねえ、十四郎」
「…」
「あたし来月結婚するの」
白いウェディングドレスを着たって心は晴れない。どんなにきれいな教会でも、愛を誓うつもりなんてこれっぽっちもない。
好きだとたった一言言ってしまえば、すべてが終わってしまう気がするから。だからせめて今夜だけでも十四郎のものにしてほしい。忘れさせてほしい
「とうしろう」
他の男に嫁ぐあたしを、どんな想いで見つめているのだろう。頬を手で包めば、あたしとは違う体温が伝わる。
ぽろり。不意にこぼれた水滴がシーツに染み込んで消えた。驚いて目を見開く十四郎の唇をそっと指でなぞる。
「愛してる」
境界線を越える、その一言。視界がガラリと変わって押し倒されたのだと気づく。
何度も何度も押し当てられるように熱い唇がふりそそぐ。つうっと頬が濡れていくのを感じて、そっと目を閉じる。
キスの合間に俺も、と十四郎の声が耳をくすぐった。なんだか無性に悲しくてそれがバレないように広い背中に手を回した。
みえるけどみえない
せめていまだけはこの人の胸の中にいたい