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幸せ [ 28/29 ]





「名前か……?」


それは小さくでも確かに聞こえた。煙草をくわえた女性はわたしと銀時の間になにかあると勘づいたらしく、はやく行きなと背中をトンと押された。
ゆっくり一歩ずつ歩いて、銀時との距離はゼロに近くなる。


「久しぶり、だね」


もう夢じゃないんだとわかる。だって手を伸ばせば銀時に触れることができるのだから。


「銀ちゃんどうしたアルか?」
「いちご牛乳出しっぱなしですよ……ってあれ」


ひょこりと顔を出したのは先ほど見かけた女の子と眼鏡の男の子。気まずくなってふいと顔をそらす。


「銀さん、お客さんですか?」
「なんか銀ちゃん変アル。女か?」
「ちょっと神楽ちゃん!」
「……新八、神楽お前らちょっとどっか行ってこい」
「イヤヨ、なんで秘密にするアルか!」
「ほら行こう神楽ちゃん」


わたしの横を通りすぎて、男の子がぺこりと頭を下げたので慌ててわたしもそれに合わせた。しばらく女の子の騒ぐ声とそれを男の子がなだめる声が聞こえていたけど、すこし経てばそれも消えてしまった。


「まァ、入れや」
「…うん」


促されるように足を踏み入れた。家に入った瞬間、ふわりと香ったのは甘いにおい。


「やっぱりまだ甘いの好きだったんだ」
「なんか言ったか?」
「んーん、なんでもない」
「茶でいいか」
「うん、ありがとう」


コトリと置かれた湯のみを見つめる。目の前に銀時が腰かけたのを目のはしで確認した。


「……元気だったか」
「うん。銀時は?」
「俺も…まァぼちぼちだ」
「あの2人の子は?」
「万屋屋で働いてる。給料払ってねーけど」
「え、無銭労働!?」
「ちげ、そうだけど違ェよ!」
「ふーん……?」


もう何年ぶりかというほど久しぶりに会ったのにも関わらず、銀時とわたしとの会話は距離だとか年月だとかそういうものを一切感じさせなかった。
懐かしくて居心地がいい

ほっこりと胸の奥が温かくなって目を細めた。どんなに銀時の背が伸びたって、年を重ねたってあの頃とすこしも変わりはしない。


「……突然どーした」


わずかな沈黙のあと、ぽつりと銀時がこぼす。
さっきとはすこし違う雰囲気に肩に力が入る。


「銀時に、言わなきゃいけないことがあって」
「…」
「本当はあの時言わなきゃいけなかったんだけど」


たぶん今からでも遅くないと思うんだ。というか、そうであってほしいんだけど。すうっと息を吸ってきらきら光る銀色の髪を見つめる。


「好きだよ、ずっと前から」


苦しみも痛みも笑顔もわけあって生きてきた。気づけばみんながいて隣にはいつだって銀時がいた。
ずっと一緒だとなんの確証もなく思って、戦争が終わって離ればなれになってそこでようやくわかった。


「わたしの未来に銀時がいないなんて考えられない」

「…名前、」


まるくなった紅い瞳をじっと見つめて自分の気持ちだとか想いとか、こぼれてしまわないように余すことなく伝わるように願う。
こんなにも大切なんだと


「……おっせえよ、お前」
「え」
「俺なんかガキのころからだっつーの」


わしゃわしゃと銀色の髪を掻いてそうこぼす。え、え、とただ戸惑っていればふわりと抱き締められる。


「おかえり、名前」


本当はずっとこの温もりが欲しかった。
必要だとわかった瞬間するりとてのひらからこぼれて、もう二度と会えないのだと後悔がつのるばかりで。

だからもう決めた

この手は離さない
わたしの世界を創るこの手を、絶対に



君に巡り合えた幸せをなんと呼ぼうか




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