歯車 [ 19/29 ]
目を覚ませば空はどんよりとした曇天で、太陽なんてどこにも見当たらないような天気だった。戦が始まるころには雨がぱらぱらと降っていて肌寒い風が吹いて、体温を奪う。
行くぞ!と小太郎が一言告げてそのあとに野太い雄叫びやら叫び声が続く。わたしもひっそりとこぶしをつくって走り出した。
過去に戻ってきてもう何度目になるかわからないほど、戦に参加した。もちろん斬ることは当たり前だし、殺すことだって稀なことじゃない。過去っていっても外見が10代になっているだけで、中身は25歳の成人女性。戦っていたのははるか昔のことで、当時の刀の使い方や間合いの見方をとうに忘れてしまった。それでも迷惑にならないように、とみんなが寝静まった夜にひとりで刀を振っていた。
「死ねェェ!」
背後から迫ってきた敵に気づいて避けたとたん、相手の後ろに回り込んで刀を振りおろす。びしゃっと血しぶきが視界の中を躍りながら汚していく。右手でそれを拭い、敵のほうへ乗りこむ。
雨が降っているせいで視界が悪いながらも自分の勘を頼りに相手を斬る。どこを斬っているのかわかっているつもりなのに、実際はまったく違う部分に刀を入れていた。昔は霧が出ていようが狙っているところを的確に斬りすてることができたのに。
「名前!」
銀時の声が聞こえたほうに顔を向けると人間ではないそれが今まさに刀を振りおろそうとしていた。受け身もましてや刀を向けて敵を斬ることもできない。自分の頭の中を死という文字が横切った。
ッパン!
なにかが破裂するような音が響いて、気づけば目の前にいた敵はゆっくりと倒れていった。スローモーションのように視界から消えた天人の後ろには拳銃を持った辰馬が立っていた。
「怪我はないか?」
「う、ん」
そりゃ良かった、と笑う辰馬と腰がぬけて座りこんでいたわたしのところへ銀時が駆けてきた。
「名前、大丈夫か!」
「うん。辰馬が助けてくれたから」
「おなごのピンチを救うのが男っちゅーもんじゃ」
アハハハといつもみたいに笑う辰馬に、さっきまでの緊張感はどこかにいってしまった。辰馬の腕を借りて立ち上がると、あらためてお礼を言う。
「ありがとね、辰馬」
「仲間を助けるのは当然じゃ。礼はいらんぜよ」
その目を真っ直ぐでいつものようなふざけているそれではなかった。辰馬は拳銃を懐に入れて、一足遅れてきた小太郎と晋助のところへ向かっていった。
「……名前」
「銀時もありがとね」
ぱんと腕を数回叩いて笑いかける。なぜか銀時は不機嫌そうに眉間にシワをよせていた。どうしたの?と聞くと唇を尖らさせて別に、と答える。
「…なんか、怒ってる?」
「そんなんじゃねェよ」
「じゃあなに」
「お前を助けたのがあいつだっていうのが気に入らねーだけ」
「そんなの、辰馬が一番近かったからじゃん」
もし晋助や小太郎があの場にいれば助けてくれただろう。だから誰が、とか関係ないのに。
「俺が助けたかったんだよ」
え、と動きを止める。依然としてぶすりとした顔のまま銀時は先に歩いて行ってしまう。
今、さらりとすごいことを言われた気がする…。嬉しさや言い様のない恥ずかしさとか。とても言葉では言えないような感情に、ほんのすこしだけ頬が熱を持っていく。
すこしずつ小さくなっていく背中にありがとう、と呟いた。
そして歯車は回る
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