月 [ 16/29 ]
「高杉ィィ!」
ほとばしる赤
倒れる音
刀が重なり、叫ぶ声
地獄がそこにあった。
「晋助!」
「ぐっ…」
ぽたぽたと片目から大量の血を流して呻く。死という文字があたしの頭をよぎってすぐにそれを打ち消す。大丈夫、晋助なら助かったじゃない。過去のこの時を知っているはずなのにどうしようもなく不安になる。
「おーい、だいじょぶか」
「高杉!」
のんびりした声と心配しているであろう声。振り返れば、血と泥にまみれた銀時と小太郎がいた。
「目を斬られたみたい。とにかく出血がすごいの」
「どーせ余所見でもしてたんじゃねェの」
「銀時!……名前、高杉を頼む」
「わかった」
晋助に肩を貸して立ち上がらせる。まだ戦おうと身動ぐ晋助を抑えて潜伏先である空き家へ向かう。
「お医者さん、呼んだから」
応急措置とは言いがたいけどとにかく止血のため、包帯をぐるぐる巻いた片目を押さえている晋助に声をかけた。近くの集落に幸運にも医者がいたため、つい先ほど治療を依頼してきた。隣に座って晋助の傷をうかがってみる。
「…ごめん」
「あ?」
「あたしなら、晋助を助けられたのに」
すべてを知っていたのに。先生が殺されることも、みんなが攘夷戦争に参加することも、晋助の目が見えなくなることも。
「なに言ってんだ。こんな傷すぐ治る」
「…ダメなんだよ。晋助のその目はもう二度と光を映さなくなる」
「な、んだと?」
ごめん。あたしにはそれを阻止することができたはずなのに。
…先生が死んだときと同じだ。あたしはみんなが知らない未来を知ってるはずなのに、それはなんの意味もない。助けることが、阻止することが、守ることが、あたしにはできなかった。
「名前、」
「患者はどこですか」
晋助があたしの名前を呼んだちょうどその時、お医者さんが顔を出した。弾かれるように立ち上がってこちらです、と案内をする。
晋助の目を見た瞬間、医者の眉間にシワが寄ったのをあたしは見逃さなかった。ああ、やっぱり。こぶしを握って悔しさにやりきれなくなる。
「すいません。治療をするので…」
医者がちらりと襖を見る。おそらく出ていけというのだろう。お願いします、と頭を下げて背を向けた。
数時間経った。ずっと襖の前に座りこんでここに来た日のことを思い出していた。ただ純粋にみんなといたのが楽しかっただけ。それだけだったのに。そういえば楽しいことと苦しいことは半分ずつある、と昔誰かが言っていたっけ。
「名前、高杉の様子は?」
見れば小太郎と銀時が帰ってきていた。その後ろには傷ついた仲間が包帯を巻いたり、休んだりしていた。今日の戦は終わったらしい。
「今、治療してる」
「そうか」
あたしの隣に腰をかけた小太郎とは反対に、銀時は両手を投げ出して大の字で横になっている。呆れたようにそれを見てため息を吐いた瞬間、ガラリと襖が開いた。
「治療は終わりました」
「晋助」
襖の向こうで外の景色を見ている晋助の姿はさっきよりずいぶんマシになっている。痛々しい血にまみれた包帯は、きれいな白いものに換えられていた。
「高杉の目は…?」
不安げに医者を見て小太郎が問う。銀時も気になるらしく、顔を向けた。
「残念ながらもう視力はありません」
沈黙が広がる。
医者の言葉は大勢の仲間にも聞こえていたのだろう、みんな身動ぎひとつせずにじっと黙りこくっている。嘘だろう。絶望にうちひしがれた声で小太郎がひざをついた。銀時は黙って遠くを見つめている。
いたたまれなくなって、あたしはその場から去った。とぼとぼ歩いてふと空を見上げる。静かな夜風に頬を撫でられながらたたずむ。
「名前」
敵かと思って身構えると立っていたのは晋助だった。なに、と返せばゆっくりあたしの隣に歩んでくる。
「お前さっき、俺の目が見えなくなるっつってたな」
「どうして医者でもねェお前がそれをわかる」
そこまで聞けば十分だった。晋助の言わんとすることはもうわかっていた。
「なにを隠してる名前」
月がにぶくあたしたちを照らす。
歪む月
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