マヨ漬け。 | ナノ
ドキドキしながらダイヤルを押す。少しだけ冷たいそれを耳に押しあててひたすら待つ。するともしもし、と私の好きな低い声が聞こえた。
「仕事中にごめん」
『今ちょうど休憩してるとこだ。どうした?』
「今日の夜、会える?話したいことがあるの」
『ああ、分かった』
私の家に来るように頼み、電話を切った。ちゃんと言えるかな。不安になって自分のお腹を無意識に撫でていた。大丈夫、この子がいる。不思議と元気になって夜を待った。
部屋にぽつりと座っていると、チャイムが鳴り響いた。急いで確認すると着流しを着たトシが扉の向こうに立っていた。
「いらっしゃい」
「おう」
少しだけ微笑んで部屋へ迎えいれる。あらかじめ用意しておいたお茶を出して、先に座っていたトシの隣に座る。
「…で、話ってなんだ」
お茶を一口飲んでから早速トシが口を開く。膝の上にある手をぎゅっと握りしめる。
「わかってる、と思うけどコンビニにいたあの女の子のことについて聞きたい」
大丈夫、声は震えてない。まだ涙も出てこない。
目線をぎゅっと上げて真っ直ぐにトシを見つめる。
「話すと長くなるけど」
「うん」
それからトシはちゃんと話してくれた。
あの子が上司の娘で、溺愛している娘の彼氏予防にとトシが抜擢されたこと。その女の子に惚れられてしまったこと。でも、きちんと断ったこと。
ゆっくり淡々と私にもわかるように説明してくれた。浮気じゃない、と否定してくれた。それだけがただ嬉しくて女の子と一緒にいたことなんて許せてしまう。
「これで、大丈夫か?」
「うん」
「他に聞きたいことは?」
煙草に火をつけるトシの指先を見つめてふっと息を吐く。
「聞きたいことっていうか言いたいことがあるんだけど」
「…まさか別れ話、とかじゃねェよな?」
「違う違う!そんなんじゃなくて」
「そうか」
フッと小さく笑ったトシに思わず見とれてしまう。そんなこと思ってる場合じゃない、と自分を戒めてこほんと小さく咳をする。
「……あの、ね」
「ああ」
「妊娠したの、私」
言ってから、沈黙。目の前にいるトシを盗み見てみるけど表情は読みとれない。
「トシ……?」
「悪い」
「少し時間くれねェか?」
え、ちょっと待って。制止するよりもはやく悪い、ともう一度言って玄関に行ってしまう。慌てて追いかけてももう遅い。私の前には閉じられたドアしかなかった。