マヨ漬け。 | ナノ
「ゲホ、ゲホ」
咳が止まらない。どうやら風邪をひいたらしい。まずいな、今日は仕事があるのに。しかも予約客がいるとかで従業員が一人休むだけで大きな痛手になる。
…仕方ない。ふらりと揺れる体をなんとか支え、少し暖かくなった空気の中を歩いた。
「なまえちゃん、大丈夫かい?」
「すいません」
思ったよりキツイ。ずきずきと痛む頭に手を当てていると、店長に声をかけられる。
慌てて仕事を再開する。注文のあったテーブルへ急いで向かう。
「ご注文は?」
「あれ、あんたどっかで」
そこには見知った銀髪がいた。坂田さん、と呟くように言うとどうやらあっちも私を思い出したらしい。
「なまえチャン、だっけ」
「あ、はい」
「あん時はどーも」
「気にしないでください」
以前と変わらない、なんだか掴めない態度にくすりと笑ってしまう。ご注文はと繰り返し、焼酎一つを頼まれる。
かしこまりました、と頭を下げてその場を去る。
「これお願い」
「はい」
コップに注がれた焼酎をおぼんに乗せ、銀髪がひょこひょこと揺れている席へ運ぶ。
「お待たせしました」
「お、来た来た」
コップをテーブルに置いた途端、ぐらりと視界が揺れた。危ない、倒れる。ぎゅっと目を瞑るが、肩にある温もりに目を開く。
「おい、大丈夫か」
「ごめんなさい」
「熱あんじゃねェか」
「はは、実はちょっと風邪っぽくて」
へらりと笑う私とは反対に坂田さんは渋い顔。そんな私達を見た店長に早退を言い渡された。すみません、と頭を下げて荷物をまとめる。
「よォ」
外に出ると坂田さんがいた。おそらく待っていてくれたんだろう。
「なまえちゃんさ、家まで送ってくれる知り合いとかいねェの?」
「へ、」
「俺が送ってってもいいんだけど、この前会ったようなやつじゃ不安だろ?」
照れくさいのかよく分からないが、頭をぼりぼり掻きながらそう言った。
優しいんだ、この人。なんとなく、お妙ちゃんや新八くんが坂田さんを慕う理由が分かった気がする。
それなら、と鞄から携帯を取りだしメールを打つ。仕事中かもしれない。ぼうっとする頭で漆黒の髪を思い浮かべた。