マヨ漬け。 | ナノ
長い長いコール音のあと、「もしもし」と聞きたかった声が耳に届いた。
「…トシ?」
「なまえか?」
わずかに声が震える。こんなこと、別にどうってことないのに。
久しぶりに聞いたトシの声が私の気持ちをぐらぐら揺する。言いたかったこと、怒りたいこと。全部ぐちゃぐちゃになって、涙となって出てきた。
「…今からそっち行く」
「え、」
場所どこだ、と言われるがまま教える。待ってろ。短く言うとそのまま電話は切れた。
「こっち来るって…」
「良かったじゃないの」
にこりと笑うお妙ちゃんとは反対に、私はただ呆然としていた。今、何が起こっているか頭で考えるのが追いつかない。
行ってきなさい、とお妙ちゃんに背中を押されて店の前でトシを待つ。
例えるなら告白をする時の緊張感。ドキドキしているけど、決して嫌な緊張ではない。早く会いたい、話がしたいと心が急かす。
ふと誰かがこちらへ走ってくるような音が聞こえ、顔をあげる。それは黒い隊服を着たトシだった。
「トシ、」
目の前にいるこの人に一体何て伝えたらいいんだろう。謝罪の言葉でも怒りの言葉でもない。
「…会いたかった」
言ってから気づいてしまった。私がどうしようもなく、彼に会いたかったことに。どうしようもなく、ただ寂しかったことに。
煙草の匂いが鼻をかすめ、トシに抱き締められていた。ゆっくり背中に手を回す。
「…悪かった」
「私も、ごめん」
久しぶりの彼の温度に安心する。好き。大好き。背中に回した手の力をちょっとだけ強めた。