「腹へったー!」 「うっせえ、天パ」 「んだとコラ」 「止めんか二人とも」 帰ってきたというのに、あの子たちはもう言い争いを始めている。濡れた手を手拭いで拭きながら、玄関まで迎えにいく。 「ほらほらそこらへんにして。ごはん出来てるから手洗っておいで」 それを聞くやいなや、草履を脱いでバタバタと廊下を駆けていってしまった。 もう13歳だというのに、いつまでたっても男の子は子どもっぽい。もう、と笑いながら息を吐いて脱ぎちらかした履き物を整える。ふと、影がさして顔を上げると優しげな笑みを浮かべた人が立っていた。 「ただいま、名前さん」 「おかえりなさい、先生」 にっこり笑みを返せば、柔らかく頭を撫でられる。 「名前ー!飯は!?」 「ちったァ我慢できねえのかよ。脳みそまで天パに侵されたか」 「高杉お前ェ、さっきからケンカ売ってんのか」 「はっ、誰がお前ごときに」 「殺す!ぜってー殺す!」 「……名前殿、俺も腹がへった」 いつものように小競り合いを始めた高杉くんと、銀時くん。小太郎くんはそれを止めることに疲れたのだろう、お腹をさすりながらぽつりとこぼした。 苦笑しながら今作るね、と告げればようやく嬉しそうに顔を綻べた。 久しぶりに奮発してお肉を出すと、まるで戦争みたいに取り合いをして数十分もすればお皿はからっぽ。先生はにこにこ笑ながらそれを見るだけで、結局肉争奪戦には参加しないままだった。 「名前、肉は?」 「もうないよ。…ていうか散々食べたじゃない」 成長期の男の子には足りないらしく、銀時くんと高杉くんは、不満気に口を尖らせている。 「はいはい、食べ終わったら片付けてね。今日は誰が洗う当番だっけ」 「………た、高杉だろ」 「わかりきった嘘ついてんじゃねーよ。お前だろ、銀時」 くだらない嘘を吐いたお仕置きとして、ぺしりと頭を叩くと悪戯小僧のようにニヤリと笑った。 カチャカチャとお皿を洗う音が聞こえはじめて、こっそり残しておいたお肉を差し出す。 「もうなくなったんじゃないんですか?」 「嘘ですよ。先生絶対みんなに譲ると思って取っておいたんです」 なるほど、他人事のように呟く先生にため息。それでもおいしいです、と言ってくれたからまあ良しとしよう。 「あー!先生肉食ってる!」 洗い終えた銀時くんが目ざとく見つけて、騒ぎだす。……一番見つかりたくない人に見つかった 「ずりぃ!つか名前肉ねえって言ったじゃん」 「…そうでも言わないとまた食べようとするでしょ」 ずーるーいー!と騒ぐ銀時くんの首根っこを掴んでお風呂場まで引きずる。ムダな体力を使って疲れきって戻ると先生はすでに食べ終わっていた。 「先生、お皿洗いまでやってくれたの?わたしがやろうと思ってたのに」 「いえ、名前は疲れてるでしょうから。これくらいはやりますよ」 「でも先生だって、」 「いいんですよ」 いいんです。もう一度そう言ってわたしの頭を撫でた。 好きです、先生 言おうと思ってそう言ったわけじゃない。ただコップに満杯に入れた水が溢れてしまうように、自然と気づいたら口に出していた。 「私もですよ」 それから先生は屈んでわたしの額に唇を落とす。その柔らかな感触がなぜだか無性に泣けてきて、それを隠すように目を伏せた。 幸せだった。ただ、あの人を好きでいればよかった。それ以上なにも望んでやいなかったのに 「吉田松陽、だな」 「…どちら様ですか」 「我々と一緒に来てもらおう」 「ちょっと!勝手に人の家に入ってきて…一体なんなんですか!?」 「幕府の者だ」 唐突にわたしたちの日常は終わりを告げた。 |