「なんか飲むモンあるか」 「……十四郎さん」 本当に何週間かぶりに十四郎に会った。顔を見ることさえなくて、数秒間動きは止まってしまった おい、と再度声をかけられてようやく冷えた緑茶を差し出す。 「……うめえ」 ごくりと一気に飲み干してしまって、たぶんこの人はまたろくなものを食べたり飲んだりせずにずっと部屋に閉じこもっていたんだろう。 「残りものでよかったら夕食お作りしますよ」 「頼む」 食堂の椅子にどかりと座りこんだのを見て、簡単に食事の準備を進める。 おかずとお味噌汁、温かいご飯を盛って運ぶ。どうぞと目の前に置くとがつがつ食べはじめた。 「…きちんと食べてないんですね」 「………忙しくてな」 すこしの嫌みが効いたらしく、口数少なく食べ終えた。食後のお茶を飲み干してから唐突に十四郎が口を開いた。 「……あいつが死んでから、もう3年だ」 ふっ息を吐きながら十四郎さんの低い声が夜のなかに響く。 あいつって誰ですか、なんて野暮な質問はしないで黙って耳を傾ける。 「総悟の姉貴でな、あの野郎とはちっとも似てなかった。体が弱くて、もう長くないとわかってた。…だから離れた」 俺には幸せにできない そうこぼした十四郎さんの声には悲しみも悔しさもなくて、ただただ無だった。 「……俺があいつを殺したようなもんだ」 わたしに背中を向けたそのむこうで十四郎さんは一体どんな表情をしているのか。わからないけど、近づくことはできなくて。 この時期になるといつもこうなると総悟くんが言っていた。きっと十四郎さんはその女性を幸せにできなかった自分の罪をいつまでも背負って、そして悔いているんだろう。だってきっと今だって愛しているから 「ごめんなさい、十四郎さん。わたしにはなにも言えません」 「…」 なにを言っても十四郎さんの心にはたぶん届かない。この人の視線の先にいるのはわたしなんかじゃなくてもっと遠い、誰の手にも届かないところ 「…わたし、先に失礼しますね。おやすみなさい」 「………ああ」 すこし暑くなってきた昼間とはうってかわって、夜はひんやりと涼しい。 素足から床の冷たさが伝わって気持ちいい。年季の入ったそれはぎしぎし音をたてて静かな夜じゃそれがうるさいほど響く。 わたしは、なにを言おうとしてた?なにも言えないだなんて嘘だ。むしろその逆。今でも亡くなった人を想っている十四郎さんが歯がゆくて、どうにかしてこっちを向いてほしくて。 わからないの だってまだわたしの中に、先生は確かにいて。でも十四郎さんのことを気にかけている自分もいる。そんな風にふらついている自分が一番悪者みたい。 馬鹿げてると思う。それでもまだ見ぬそして一生会えることのない十四郎さんの愛する人に黒い感情が芽生えてしまう。結婚といえど互いのことを知らずにいるわたしたちと、強い絆で結ばれている二人と。 この感情をなんと呼べばいいのかわからない。でも、確かに十四郎さんに惹かれている。 「………先生、」 大好きな人を裏切っている。うしろめたくなる。でも止められるもんじゃない 「先生…わたし、」 十四郎さんに愛されたい |