『ど、して…』 『仕方のないことです。誰も悪くない』 『だって、』 『…名前さん、この世界を恨んではいけない。愛してください』 そんなこと、できやしない。あなたを殺すこんな世を愛せるわけないじゃない 涙でぐちゃぐちゃになったわたしの頬を慈しむように撫でたてのひらがまた胸を軋ませる。 『あなたに会えてよかった』 わたしはいつだってこの記憶に縛られている。 「おう」 「おはようございます、十四郎さん」 「…顔色悪ィぞ」 ちらりとわたしの顔を見てそう言った。寝つきが悪かったので、ともっともらしい言い訳をすれば納得したらしく食堂へ行ってしまった。 なんだか食欲がわかなくて顔を洗いに洗面所へむかう。鏡を見て、そこでようやく自分の表情がすぐれないことに気づいた。 こんなわたしを見たら、あなたは責める?どうしてほかの男と、しかも真選組副長なんかと結婚したって怒る? ……怒ってくれるならまだいい。きっと笑って幸せになってくださいなんて言うんだろう。あの人はそういう人だ。だから、好きになった 「…買い物に行かなきゃ」 それに洗濯だってやらなくちゃいけない。忙しい、だからこんなこと考える暇なんてないんだ。頭から無理やり追い出して気持ちを切り替える。 止まっていたらいけない、考えちゃいけない。わたしは進まなきゃ ぱしんと顔を叩いて活を入れる。そうと決まったら急いで支度をしよう。買わなければいけないものを思い浮かべて脳内で買い物リストをつくる。 「よしっ」 再度気合いを入れ直して、着替えるため自室へと向かった。 * マヨネーズが大量に入った袋と野菜やお肉が入った袋をひとつずつ持ちながらよたよた歩く。まだやるべきことは終わってない これから夕食を作らなければいけない。急がなきゃ、と息巻いた瞬間に足がズキンと痛んだ。あまりの痛みに歩いていられなくて近くのベンチに座る そろそろと下駄を脱ぐと足の指の間が擦れて血がにじんでいた。これはしばらく歩けなさそうだとため息を吐いてベンチに背中を預けた 「おい」 「あ、お疲れさまです」 おそらく休憩時間か、見回り中なんだろう。 目の前に立った鋭い目をした男にぺこりと頭を下げればなぜかさらに怒気をはらんだ声色で問われた。 「買い物に行くなら言えっつったろ」 「すみません、すぐ終わるかと思っていたので」 「チッ、……貸せ」 「あ」 足元に置いた大きな買い物袋ふたつをひょいと奪われる。いいですよ、と立ち上がろうとするけど足がズキンと痛んでそれは叶わなかった。 「どうした」 「気にしないでください、大丈夫ですから」 「…足か」 妙に勘がいいというかなんというか。屈んでじっとり見られるとなんだか気まずい。 「痛むか」 「!」 すこしの沈黙のあと、するりと足の指をなでられてぴくりと体を揺らす。気遣うようなその優しい声がじんわり響いて心が震えた 人の優しさに触れたのは久しぶりな気がする。あの人がいなくなってから優しくすることも、されることも少なくなったから 温かいと、感じる 「肩、掴まれ」 「でも買い物の袋が」 肩を貸してくれるのはありがたいけど、その大きな袋を無視するわけにもいかない。そんなものもあったと言わんばかりに頭をがしがし掻いたあと、スッと手を差し出された 「行くぞ」 素直にその手をとることは躊躇われる。それでもそっと右手をのせれば、柔らかく包まれた 引き寄せられるように立ち上がって歩きだす。地面に写し出された影が繋がっているように、わたしの右手から体温が伝わっている。言葉はない、十四郎さんのことをたくさん知っているわけでもない。それでもすこしだけ距離は近くなった気がする。 「…」 「…」 言葉はない、それでもよかった 手のひらからじんわりと広がる温かさに目を細める。あと、すこしだけ。欲張るように右手に力を込めるとわずかに十四郎さんも握りかえしてくれた |