「負傷者はこっちへ!」 「3番隊はどうした!?」 バタバタと廊下を駆ける音。お風呂に入って生乾きのままの髪の毛でそっと様子を伺う。 たくさんの隊士たちが行ったり来たりして、そういえば攘夷志士の検挙があると数日前トシさんが言っていたことを思い出した。 なにか手伝うことはないか、と辺りを見渡せば怪我人がゴロゴロ転がっている。そっと患部を触れば、べたりと赤に染まった。 「……うう」 「大丈夫ですか?他に痛むところは?」 肩にかけてあったタオルで止血をしながら尋ねても、唸る声しか聞こえない。 ぺたぺた体を触ってほかに傷や骨折がないか確かめる。 「すいません、救護室はどこですか」 「いやもういっぱいで…」 「……わかりました」 仕方ない。 肩に腕を回して、どうにか立ち上がらせた。会議にでも使っているであろう、広い部屋に寝かせる。 「負傷者をこちらに運んでください!包帯や消毒液もこちらへ手配してください」 髪の毛を結わえて、応急処置程度に包帯を巻いていく。 『ダメよ、そんな体で』 『放してくれ』 『行かせるわけにはいかないわ』 『、行かなきゃいけねェんだ』 『銀時くんっ!』 どんどん血にまみれる両手が蘇えらせる。あの日、あのとき、するりと手からこぼれおちたものを。 いつまでたっても、銀色が脳裏に焼きついて離れない。 「すいません、こいつもお願いしますっ」 「はい」 次々に運び込まれる傷だらけの隊士たちを看る。応急処置だけしかできないが、なにもしないよりいくぶんかはマシだろう。 おい、と肩を掴まれて振り返ればいつもより2割増しほど濃くなった眉間のしわを携えた十四郎さんが仁王立ちしていた。 「ここで何してる」 「…ケガの、手当てを」 肩を掴んでいる手に力が入ってすこし痛む。ふと、ふわりと鉄の匂いが鼻孔をかすめた。……この人、ケガしてる 「十四郎さん、座ってください」 「あ?」 「ケガしてるんでしょう?」 わずかに目を見開いてしばらくそのまま見つめあう。それでもそのまま視線をそらさないでいると、やがて観念したかのように舌打ちをしてどかりとその場に座りこんだ。 隊服の腕の部分が斬られたように破れていて、そっとめくって見るとさほど大きくはないものの、血が出ていた。 「……失礼します」 とりあえず消毒液をかけて包帯を巻きつける。無表情でわたしの手元を見つめるので、なんとなく緊張してしまう。 一通り治療をして、大丈夫ですよと声をかける。 「…ずいぶん慣れてるな」 「そうですか?」 その声は真選組副長としてのものだった。つまり、わたしを疑っている。 まあ、結婚する前にさんざん調べられたからいまさら気にするようなことでもないけど。それでもお前はよそ者なんだと言われているようでいい気はしない。 探るような目で睨まれてさっさと寝ろ、と言い捨てて十四郎さんはどこかへ行ってしまった。 戦いのときは気が立つからあまり近寄るな、と隻眼の彼に言われたことを思い出す。今の十四郎さんもおそらくそうなんだろう。 よっこいしょ、とありきたりなかけ声で立ち上がって冷たい床を裸足でぺたぺた歩く。 愛なんてない。なにをされたってなにを言われたってどうでもよかった。だけど十四郎さんのあの疑うような目には、なぜか心が軋んだ。 『あなたは、生きてください』 もう、あたしの心はとうの昔に死んだと思っていたのに |