ここへ来て、数週間。なにも変わらない。 朝5時に目を覚まし、朝食の用意をして片付けをして洗濯と掃除。それが終われば買い物に行ってごはんを作ってお風呂に入って寝る。酸素を吸って吐いて。死んだ心で日々を生きていく。 「あんたが土方さんの嫁ですかィ」 「……は、い」 「ふうん」 洗濯カゴを抱えて歩いていると、ひょっこり現れた男の子にそんな言葉を投げられた。まだ若いのに、隊服を着ていて(しかも隊長格のもの)感心する。 きっとものすごく強いんだろう 「もう土方さんとはヤったんですかィ?」 「や、やった?」 「だからセ「してません」 ちぇ、とつまらなそうに舌打ちする姿はまだ10代のそれなのに言っていることはかなりギリギリだ。 「そういや、あんたと土方さんが一緒にいるとこ見たことねェや」 「…夫婦なんて、形だけですよ」 「は?」 「それじゃあ」 まだ山盛りの洗濯ものの入ったカゴを持ち直して、横を通りすぎる。 あの男の子が言ったようなことを何度か噂されていたのを聞いたことがある。副長の嫁さんだというのに、話さえろくにしていないと。 そんなの、簡単だ。 わたしと彼の間には愛がない。ただそれだけのこと。 『あなたのことが大切なんです』 『…なに、言って』 『そばにいてください』 そっと重ねられた手 いつも申し訳なさそうにまゆを下げるくせに、そのときだけは真っ直ぐわたしの目を見ていた。 思い出だけがいつも美しくて、たまらなく泣きそうになる。 「名前」 「!」 名前を呼ばれて、ハッと我に帰る。目の前には彼がいつもみたくタバコをくわえて立っていた。 「買い物か?」 「はい、調味料が足りなくて」 「……付き合う」 「え、大丈夫ですよ。すぐそこまでですし」 「近藤さんにたまには二人で行ってこいって言われてきたんだよ」 ほら、行くぞと背中を向けられて仕方なくそれに従う。近藤さんの言いつけだからしょうがないんだと遠回しに言われたような気がしてあまり良い気持ちではない。 でも、きっとそれがこの人の本音なんだろう 「夜、どっか行くときは言えよ」 「…はあ」 「お前も噂聞いたことあんだろ。俺らの仲のこと」 「…」 「一応夫婦なんだ、二人でいなきゃおかしい」 「……十四郎さんはそれでいいんですか」 「なにが言いてェ」 「好きな女性がいらっしゃるんでしょう」 「!」 目を丸くしてこちらを見ていることから、かなり驚いているのがわかる。 わたしも同じですからわかるんです、とはさすがに言わないけれど 「わかりますよ、雰囲気で」 「…フッ、女は怖ェな」 「ええ、ですから気をつけたほうがいいですよ」 こんな風に笑うのかと思いながら、冗談で返す。すこし笑ったあとでぽつりとこぼした。 「死んだんだ、そいつ」 「…」 「だから俺がだれとなにをしようが、もう傷つけることも泣かせることもねーよ」 どこか含みを持たせる口調になにかあったのだろうと判断するけど、詮索はしない。わたしとこの人は、すこし似ているのかもしれないと思う。 スーパーで必要なものだけ買ってでて来れば、ひょいと取り上げられわたしの数歩前を歩いていく。周りから見れば、たぶん恋人同士か夫婦に見えるんだろうけどわたしたちはおもしろいくらいお互いのことを知らずにいた。 どんなに想っていても結婚はしないように、たとえ相手がだれであろうと紙っぺらに名前と判子があれば夫婦になれる。だけど幸せになれる補償はどこにもない * すべての仕事を終えて、ようやく布団で横になった。今日は、あの人のことをすこしだけ知った気がする。好きな女性がいること、だけどその女性はもうこの世にいないこと。そしてたぶんまだ好きでいること。 …笑った顔はやっぱりあの人とは似ても似つかないこと そうやって思い返してまぶたを閉じた。夢の中でなら、わたしの見たいあの笑顔にきっと会えるはずだから。 |