屯所の資料室にこもって、ある書類を探す。何年か前に行われた、攘夷志士の一斉処刑。 「…これか」 古ぼけてセピア色になった紙に、吉田松陽の名前を見つけた。それと一緒に罪状と写真が印刷されている。当時、幕府は全国からわいて出た攘夷を叫ぶ侍たちに手を焼いていた。そんな輩をどうにか減らすために行われたのがこの一斉処刑だ。黒のやつはもちろん、限りなく白に近いグレーのやつもとにかく疑いが少しでもあるやつは殺されていった。このときまだ真選組は設立されておらず、詳しいことは俺もよくわからない。 ぱたんと資料を閉じて息をはく。せまく、薄暗い部屋のなかにタバコの煙が揺らめいて消えた。いまさら調べて何になる。相手は死んでしまい、話をすることもなじることもできやしないっていうのに。急に自分の行動が馬鹿馬鹿しく思えてきて、さっさと自室に戻って寝ようと立ち上がる。 こうしている間も、名前はまだコンクリートの冷たい箱のなかにいる。 ごろり、と畳に大の字に寝転がって天井をにらむ。下種なあの天人の笑い声を思い出しては、手に力がこもる。 『この女は、幕府に男を殺されたと思っている。その腹いせにお前を利用しているんだ』 確かに、名前があの男と恋人の関係にあったというなら突然殺されたといって幕府を恨むのも納得できる。そしてその感情をくすぶらせたままここへ嫁いできたという可能性は十分にある。 ダメだ、これ以上は考えるなと頭のどこかで声がするのに。思考は止まらない。 『十四郎さん、座ってください。ケガしてるんでしょう?』 あの時も、 『残り物でよかったら夕飯お作りしますよ』 あの時も、 俺を殺したいと思っていたのだろうか。 「…はっ」 そこまで考えて笑いがこみあげてくる。肩から力を抜く。 気づいてしまった。そんな憶測がなんの意味も持たないことに。なんだ、もっと簡単な話じゃねえか。別に、あいつに騙されようとどうだっていい。もう、どうでもいいくらい惚れてるって認めよう。両手を上げて降参する。 すきだ、名前 毒薬を盛られても、背後から刺されようがかまわない。それにそんなことあいつには出来やしないと思うくらいには信用しちまってる。 始まりはとっつぁんが持ってきたお見合い写真だった。古い知り合いの娘だと言って見せられた写真は、おとなしそうな顔をした女。もう再三結婚の話を持ち寄られていて何の気なしにこいつで良いと決めた。 なんとなく、この女ならめんどくさいことを言わず黙ってうしろからついてきてくれそうだとそう思ったから。 まったく、俺の勘というのは外れたことがない。名前に関しては良い意味で外れたが。 黙ってうしろからついてくるんじゃなく、隣を歩いてくれた。こんな自分勝手な俺をそれでもいいと言ってくれた。笑ってくれた。 「おい、山崎」 「はいィィ!!」 吸いかけの煙草を灰皿に押しつけ、こそこそと廊下を歩いていた山崎を呼ぶ。不自然なほどぴしっと姿勢を正して足を止めた。右手に握られたラケットはこの際無視する。 「野郎を調べろ」 「…野郎と言いますと?」 「名前を引っ張ってったあの天人だ」 あいつはどうもきな臭ェ。山崎もなにかを感じとったのか、詳しい理由も聞かず急いでどこかへ消えた。 あいつが馬鹿にした幕府の狗とやらがどんなやつらなのか、その身を持って教えてやらァ。悪いが、俺の勘は外れない。 「……待ってろ」 もう少しで迎えに行くから。 |