「拘留延長?どういうことだ」 「トシ、落ち着け」 「高杉との関わりがないとわかったんだろ?どうして戻ってこねェんだ」 「……詳しい話はなかった。ただ、もう少し話をする必要があると」 ギリッと奥歯を噛みしめる。高杉が屯所を襲ったあの夜、やつと名前が二言三言会話をしていたのを誰かが見ていた。そのときの内容を聞くために連れていかれた、そのはずだった。 どうせ大したことじゃないはずなのに、どうしてあいつがまだここにいないんだ? 「………近藤さん、ちょっと出てくる」 「おいトシ!」 もう待つだけ待った。 上からの命令にただ黙って首を縦に振ることはできない。隊服の上着を羽織りながら煙草に火をつけた。 * 「真選組副長、土方十四郎だ。土方名前の拘留延長について話がしてェ」 「事前にご連絡をいただいていない方は規則でお通しすることはできません。」 「担当のやついるんだろ?出せ」 「ちょっと、困ります!」 「どうした?」 ちょっと脅せば吐くだろうと、受付の野郎の胸ぐらを掴むために一歩踏み出した瞬間うしろから声をかけられた。 見れば、数日前に名前を連行していった天人だった。胸くそ悪い笑みをにたりと浮かべてこちらに近づいてきた。 「それが、現在拘留中の土方名前に会わせろと…」 「構わん、通せ」 予想外の返事。ついてこいと言わんばかりに背中を向けて先を歩いていく。 こいつが了承するということは、なにか考えがあってのことだろう。いつもより数倍鋭くなった目付きで辺りを見渡す。 通されたのは薄暗い小部屋。俺たちが尋問するときに使うような灰色のコンクリートの壁が広がっている。そこにぽつんとひとり、うなだれた名前が座っていた。 目の前のパイプ椅子に座ると怯えたように肩を震わせて、目も合わせようとしない。 「………名前」 すこし、痩せたか? 今すぐ手を伸ばして触れて確かめたいのを我慢して、そう問うだけにとどめておく。大丈夫です、とすこし掠れた声でぽつりぽつりと近況を話し始める。ある程度言葉を交わしたあと、横に立っていた天人に向き直る。 「…聞きたいことがあって来た」 「聞きたいこととは?」 「なぜ拘留が延長されたのか、その理由が聞きたい」 立場が上とはいえど、こんな野郎にいちいち伺いをたてるのも腹が立つ。本当はさっさと名前を連れ戻したい。 「あァ、そのことか」 たっぷり間をあけてふふっとなにか含んだように笑う。 ……一体なにを企んでやがる。 「面白いことがわかってな」 「面白い、こと?」 「……私が、きちんと、自分で伝えます」 ゆっくりと噛みしめるように天人の言葉をさえぎる。どういうことだと目を見つめるとすぐに逸らされてしまった。 どんな時でもまっすぐに見つめてくるはずの名前がこんなことをするのは初めてで、わずかに動揺してしまう。 「…十四郎さん、いままで黙っていてごめんなさい」 「なにを…?」 「私は以前、先生――吉田松陽と恋人関係にありました」 吉田松陽 この職に就いていれば必ず耳にする名だ。攘夷戦争とこの男は強い強い結びつきがある。しかし、あの男が処刑されたのは真選組ができあがる前で一級犯罪者だということしか知らない。 いわば敵。そんなやつと名前が繋がっていた…?しかもそこには愛があった? ぎしっとパイプ椅子が音をたてる。 すこし遠くから俺たちを見ていた天人がゆっくりとこちらに近づいてきた。 「どんな気分だ?好きな女が敵の女で」 「…」 「もう死んだとはいえ、この女がまだ野郎を想っているかも知れない。」 「……」 「そう考えるとお前に嫁いできた理由もわかるだろう」 つらつらと並べられた言葉をただ聞き流すだけで、どうしてなにも言い返せない?うるせえ黙れと凄めばこんな天人なんてびびってすぐに口を閉じるだろう。 下らない戯言だ。そう、わかってる。 「この女は、幕府に男を殺されたと思っている。その腹いせにお前を利用しているんだ」 「違う!」 鋭い声が天人の言葉をさえぎる。目の前に座った名前が声をあらげて殺気だった瞳でこちらを見ていた。 こんなに感情をむき出しにしている様をはじめて見た。 「十四郎さん、違います。信じて……」 さっきとはうってかわってすがるような目で俺を見る。そして俺の隣でにやにや笑っている天人。 ぐちゃぐちゃに渦巻いた感情にのみ込まれてしまいそうだ。なにを優先すべきだ、最善の方法を考えろ。 俺は、なにを望む? * 辺りはすっかり暗くなっていた。じめっとした空気にいら立ちながら火のついてない煙草を意味もなくくわえる。 たった数十分前のことが、もう遠い昔のことのように思える。どっと疲れが出て眉間のしわを揉む。 『悪い』 『……十四郎さん…?』 『とにかくはやくここから出せるよう、努力する』 『十四郎さん!!』 『また来る』 結局、俺はなにも言えなかった。 最後に見た名前が絶望にまみれていてでもそれをすくいあげることは、いまの俺にはできなかった。……傷つけた。灰色の壁の向こうできっと名前は己を責めて泣いている。 どうしていつも俺は自分本意でしか物事をはかれないのか。一番守りたいものを一番傷つけてしまう。そばに置きたいものを遠ざけてしまう。 ダンッと壁を殴る。じんじん痛むのは拳なのか、それとも。 「……」 いつか写真で見た吉田松陽の柔らかい表情がちらつく。第一級犯罪者には見えないというのが最初の感想だった。そこらにいる真面目そうな野郎だ。 そんな男と名前は愛しあっていた。恋人同士だった。さぞや幸せだっただろう。俺なんかと違ってきっともっとずっと、あいつを大切にしていたんだろう。 恋人を突然奪われて、それを恨んで復讐のために真選組に嫁いできた。そんなことをするやつじゃないと思う反面、100%それを否定することはできない。 疑いたくない。 大切にしたい。 笑っていてほしい。 いま何を信じればいいのか。何を優先すべきなのか。手探りさえできない真っ暗い闇のなかにただ立ち尽くすばかりだ。 |