花薄 | ナノ



『俺はお前を許さない』

高杉くんの言葉が消えない。
先生のことを知っている彼らに土方さんとの結婚を告白することは、確かに勇気がいった。でも銀時くんのときのように許してくれるんだと過信していた。きっと、大丈夫だと。
わたしは高杉くんを知っているつもりだ。でも先生がいなくなってから指名手配犯となった高杉くんを知らない。…わかりあえないのだろうか。高杉くんがわたしのことを許してくれることはもう、ないのか。


「………はあ」


畳んだ洗濯物を片付け、台所へと向かう。これから夕食の準備をしてその間にお風呂の用意もしなきゃいけない。
考えることも、やらなきゃいけないことも、わたしにはまだまだ山ほどある。休んではいられない。


ドゴォォオン


「な、なに!?」


突然ものすごい爆発音と、地震のような大きな揺れ。思わず近くの柱に掴まって目をつぶる。すこしすると人が走る音と敵襲だと騒ぐ声。
目を細めて見ると砂ぼこりのなかに隊服を着た人と武装した侍たちが刀をふるっているのがぼんやりとわかった。


「鬼兵隊だ!」


そしてすぐあと、そう知らせる声が響いた。
その名前を聞いて思い出すのは古くからの知り合い。もしかしたら彼も。そんな考えがよぎったとき、十四郎さんや近藤さんが飛び出していくのが見えた。

邪魔になるとわかっていたけどどうしても確かめたくて追いかけようとした瞬間に、火のてが上がっていることに気づく。おそらくさっきの爆発でなにかに引火したのだろう。
火災がひどくなる前に逃げなきゃ。でも、とためらう気持ちがわたしの足を止める。すると焼けた障子が音をたてて倒れてくる。


「っ!」


慌てて避けるも、右手にわずかな火傷をおってしまった。その手をかばいながらも歩き出すと物陰から人が飛び出してきた。
警戒するものの、それが隊士だとわかりほっと息を吐く。相手もわたしだと認識したようで刀をしまって近づいてきた。


「ここにいたんですか」

「…あの、一体なにが?」

「おそらく鬼兵隊が屯所を直接攻撃したものと思われます。とにかくすぐに逃げてください。高杉たち…が……」


赤色が飛んで、スローモーションのようにゆっくりと倒れていく。さっきまで隊士の人が立っていたところに一人の男がいる。


「ざまあねェな」

「…………高杉くん」


力が抜けてへたりと座りこむ。そんなわたしを見て、嘲るように笑った。
周りは火の海で、その真っ赤な色は血のようでもあり高杉くんを彩るもののようでもある。

初めてこの子を恐ろしいと思った。


「なァ、名前」


刀の先からおそらく先ほどの隊士のものであろう血が数滴滴り落ちた。
その刃先がぴたりとわたしの喉元へとあてがわれる。


「お前だけがなにもかも忘れて幸せになれると思うな」


ちり、と痛みがはしる。そのあと一筋、なにかがこぼれおちるように首もとを流れた。


「先生を捨ててお前だけが生きようとするな」


高杉くんの瞳がぎらりと光ってわたしを殺したい、憎いと叫んでいる。


「…どうして」


掠れた声がもれた。


『しゅぎょーに付き合え』

竹刀を肩に担いで、照れたように目をそらしてそう言った。

『名前ばっか先生と一緒にいてずりィよ』

わたしと先生の間を割って入るようにやって来て、唇をとがらせた。

『はやく帰ろうぜ』

先生と喧嘩をして飛び出したわたしを追いかけて手を差しのべてくれた。

その思い出全部、高杉くんのものなのに。
今目の前でわたしに刀を向けて殺そうとしているのも同じ人間だなんて、そんな、


「晋助!!」


刀のぶつかりあう音とともに、ヘッドホンをした男が高杉くんの名前を呼ぶ。そのうしろからたくさんの隊士たちが流れこむようにやって来た。


「……チッ、簡単にやられてはくれねえみたいだな」


すっと喉元に突きつけられた刃先が下ろされ、そのまま背を向ける。


「…て……待って高杉くん!」


わたしの叫びを無視して、鬼兵隊の仲間を引き連れたまま歩みを止める様子はない。


「高杉くん!!」


足に力が入らないせいで追うこともできない。ただ、名前を呼ぶことしか引き止める術はなくて。
決して振り返ることのない背中が、なぜか処刑前日に見た先生の笑顔と重なった。手をのばしたってどんなに叫んだってなにをしたって、もう二度と戻らないあの日みたい。

すがるように伸ばした手を誰かが掴む。


「名前、大丈夫か!?」


わたしの肩をつかんでそう言う十四郎さんの呼び掛けに答えることもできず、ただ炎の向こうに消えた紫色の着物を探していた。