花薄 | ナノ



『久しぶりね!元気だった?』

「うん。そっちは?」

『元気よ。…まったく結婚したとは聞いたけど全然連絡ないから心配してたのよ』

「ごめんごめん。色々忙しくてね」

『それはそうと今度江戸に行くから久しぶりに会わない?案内してくれると助かるんだけど』

「本当に?わたしも会いたい」

『やった!じゃあ……』


久しぶりに昔の友達から電話がかかってきた。
今度の日曜日にこちらに来るらしく、ぜひ案内してほしいと頼まれた。もちろん二つ返事でそれを承諾して電話を切る。

あと数日。とにかくなにか着るものを買わなくちゃ。それにどこを案内するかも考えなければいけない。
そうと決まれば、と立ち上がってある部屋を目指す。


「十四朗さん、いまいいですか?」

「…名前か。どうした?」


すっと障子を開けてなかに入る。仕事中だったようで机には紙の束が積まれていた。


「すいません、大した用じゃないんですけど」

「いい。ちょうど休もうと思ってたとこだ」

「…あの、十四朗さんに相談したいことがあって」

「相談?」

「はい。日曜日にわたしの友達が江戸に来るそうなんですが、案内を頼まれて。十四朗さんのほうがわたしより江戸に長くいるから、そういうの詳しいんじゃないかって思って…」


文明が発達しているこの世の中、調べようと思えばどうにでもなるけどあえてそれをしないのは十四朗さんと話すきっかけになるから。
普段鋭いくせに、そういう乙女心にはきっとこの人は気づいていない。


「観光ってことか?」

「まあ、そうですね」

「…ターミナルの周りなら見るもんがあると思うが」


あとは…、と考え込む姿がかわいく見えて自然と笑ってしまう。こんな些細なことでこの人が好きだと心から思う。


「ターミナルからすこし歩けば、将軍の城も見える」

「そうですね。そこらへんなら買い物もできそうですし」


思ったよりはやく決まったと安心。ありがとうございます、とお礼を言って立ち上がる。


「…もういいのか」

「はい。予定もないので、これからターミナルの方へ行って見てきます」


そのついでに着物も買おうとひっそり思う。かわいくて、なるべく安いのがあればいいけど。


「俺も行く」

「え、でもお仕事があるんじゃ…」

「明日でも十分間に合う。支度するから待ってろ」


は、はいと曖昧に返事をしてよくわからないまま部屋を出た。一緒に来てくれるって言ってた。
それってつまり、


「…デート?」


買い出しについてきてくれたことはよくあるけど、そういうんじゃなく純粋にふたりだけで外に出るのは初めてかもしれない。
ちょっとだけゆるんでしまう口元に手をやり、準備をするために部屋にむかった。





「じゃあ、行くか」

「はい」


久しぶりに見る十四朗さんの着流し姿に見とれてしまう。やっぱりかっこいい。黒い着流しとタバコの煙がさまになっている。


「あの、その、なんだ」

「はい?」

「その赤い着物…似合ってる」


そっぽを向いた十四朗さんの耳はほんのり赤い。隠しきれていない感情に胸をぎゅっとつかまれる。


「十四朗さんも、着流し似合ってます」

「………行くぞ」


そっと手を繋がれて、ゆっくり歩いていく。当たり前みたいにつながっている右手が嬉しくて、なぜか泣きたくなった。
道をいく途中で十四朗さんの顔なじみらしいおじさんやおばさんに冷やかされて、うるせえとそれをやりすごす。だけど決して手は離さないから、そのぶん気持ちは近づいているんだと思いたい。


「……あ」


しばらく歩いていると、気になるお店を見つけてすこし声をもらした。それに気づいた十四朗さんが足を止めてくれてちらりと視線をよこす。


「見るか?」

「はい」


するりと解けてしまった手のひらを残念に思いながら着物を眺めていく。
あれもいい、これもいいと店の奥に足を進めていくうちにひとつだけ目を奪うものがあった。


「こちらオススメですよ」


いつの間にいたのか、店員さんの言葉に圧されながらそれを手にとってみる。
値段も悪くないし、デザインもかわいい。ちょっと鏡の前で合わせてみると…なかなかいい。


「それが欲しいのか」

「十四朗さん」

「…………貸せ」


あ、と思った瞬間にはもうわたしの手から着物は消えていて代わりにありがとうございましたという店員さんの軽快な声が響いた。
袂から財布を出そうとした右手をとられてお店を出る。十四朗さんのもう一方の手には紙袋がぶら下がっている。


「あの、お金、」

「そうじゃないだろ」

「え?」

「他に言うこと、あんだろ」

「…あ、ありがとうございます?」


疑問符をくっつけたままでそう言えば、ようやく十四朗さんが口元を和らげた。たまにはこんなのもいいかもしれない、とちょっとだけ十四朗さんに寄りかかるようにすれば繋がれた手に力が込められた。