銀時くんに会ったあと、特に十四郎さんからなにか聞かれるようなことはなくて正直助かった。まだすべてを話すには早すぎる気がしたから。 それからは、特に変わったことはない。だけど気になることはあった。 十四郎さんが触れてこない。 話もするし、いたって普通に見えるけど決してわたしに触れようとはしない。なにかを手渡すときだってわざとわたしの手を避けるようなそぶりをする。 最初は嫌われたのかと思ったけど、たぶん原因はあの夜わたしとミツバさんを重ねて朝をむかえたこと。どちらに罪悪感をおぼえているのかはわからないけれどとにかく一切十四郎さんの体温というものを感じたことはなかった。 結婚したてのころなら多少は気にするものの、仕方ないと割りきれたはずだ。でも初めて手を繋いでキスをして…だんだん欲張りになっていった。だからたった数日触れられないだけで寂しさを感じでしまう。 それほどまでにわたしは、彼を求めているのだろうか。 「……ふう」 今日もたくさんの家事を終え、ようやくお風呂にはいって一息つく。 髪を乾かしてからなにか飲もうと廊下に出ると夜なのにもかかわらず明るい。見上げればぽっかりとまあるい月が浮かんでいる。 「今日は、満月か」 忙しくて空なんか見る暇がなかったけど、こんなに綺麗なものに気づかないでいたなんてもったいない。 やろうとしていた用事も忘れて、柱に寄りかかるようにして月を見つめ続ける。 「名前か?こんなとこで何してる」 ミシミシと廊下をきしませながら着流し姿の十四郎さんが現れた。すこしうるさくなる心臓に知らないフリをしてぺこりと小さく頭を下げた。 「…月が綺麗で」 「満月か」 すこしそうやって二人で空を見上げていると、急に十四郎さんが待ってろと言い残してどこかへ行ってしまった。 「……呑むか?」 よいしょ、と座った十四郎さんの両手にはお酒とお猪口があった。久しぶりだし、と十四郎さんの隣に座って注いでもらう。 一口飲むと喉元がカッと熱くなると同時に頭がぼうっとする。久しぶりに呑んだせいかお酒の回りがはやい気がする。 ちらり、と視線を横にやると十四郎さんもちびりちびりと煽っている。月の光に照らされた姿は様になっていて二枚目だ。 『幸せか?』 以前、銀時くんにそう問われたことを思い出す。 なにを定義して幸せと呼ぶのかわからないけどたぶんいま、それに向かっているんだと信じたい。ゆっくりと、でも確実に。 口元にお猪口を持っていくと中身がないことに気づいた。もう一度注ごうと手を伸ばすと、十四郎さんの手と触れあった。 「、悪い」 ぴくりと手が揺れてそのまま引っ込めようとする。でもこのままじゃいけない気がして、十四郎さんのその手を追いかけてぎゅっと掴む。 「…名前……?」 十四郎さんに呼ばれたけど、返事をすることなく力をこめた。最初はすこし戸惑ったようだったけど十四郎さんもわたしに応えるように柔らかく握りかえしてくれた。 久しぶりの体温が嬉しくてふんわりとなにか暖かいものに包まれたような感覚。ただひたすら月を見つめるけれど、頭は十四郎さんのことばかり考えてしまう。 ふたりきりの世界が心地よくて、このまま時間が止まればいいのに、と馬鹿みたいなことを本気で願ってしまった。 |