「名前…?」 「……銀時くん」 確かに、彼だった。 最後に見た彼は17、8歳くらいだっただろうか。今じゃもう立派な大人だ。ただ変わらないのは、鮮やかな銀色と澄んだ赤。 「…万事屋」 隣でそうつぶやいたのは十四郎さん。知り合い、なのかもしれない。 銀時くんの視線がわたしから十四郎さんに、それから繋がれた手に移った。 「こいつと、どういう関係?」 「…てめえに関係ねェだろ」 「お前には聞いてねーんだよ」 「ちょ、ちょっと止めてください!」 急ににらみあって喧嘩を始めた二人の間に入る。仲が悪いのか、出会った数秒後にはキバをむいて威嚇している。 「あの、十四郎さん。すこし銀時くんとふたりきりにしてもらってもいいですか?」 「…」 「お願いします」 「…近くにいるから、終わったら電話しろ。迎えにいく」 「ありがとうございます」 くるりと向けた背中が見えなくなるまで見送ってからようやく銀時くんのほうへと向き直る。 「…久しぶり」 「ああ。……で、あいつはなんなの?」 「……夫よ。結婚してるの」 そう言うと、大きく目を見開いてわたしを見つめた。仕方ないことだと思う。先生と十四郎さんは正反対の立場にあるから。 そっと目を閉じた。 なにを、言われてもかまわない。ふざけるなと責められても見損なったと失望されてもすべて受け入れよう。どんな形であれ、わたしは先生を裏切った。 「そーか」 「…怒らないの?」 「なんで俺がキレなきゃいけねーんだよ」 「だって、」 「名前が幸せなら、それでかまわねえよ」 ぐりぐりと頭を撫でられる。昔はわたしが撫でるほうだったのに、いまじゃ反対だ。 見上げるほど大きくなった背にすこし涙腺がゆるむ。 「…大きくなったね」 「何年経ったと思ってんだよ。俺ももう三十路前だぜ?」 「いま、何してるの?」 それからは互いの近況を話し合った。銀時くんは万事屋をしているらしく、なにかあったら頼れと名刺をくれた。 あのころやんちゃだった面影はなくて、もう立派に生きていることを知った。先生のことを忘れたわけではないのだろうけど、わたしだけが過去に取り残されているような気がして。 「そういえば小太郎くんと晋助くんはなにしてるの?」 大人になったから交流は少なくなっただろうけど、気になってそう問う。 うかがうように銀時くんを見ると言いにくそうに首に手を当てて唸っていた。 「…土方のヤローと結婚したから知ってると思ってた」 「なに?」 「まァいずれ分かると思うけど」 こっち、とすこし歩くとブロック塀に指名手配の貼り紙があった。暗がりに目が慣れたころ、ようやく銀時くんが言いにくそうにしていた理由がわかった。 「……攘夷志士」 桂小太郎と高杉晋助の文字。それをそっと指でたどってみる。 うまく言葉にできないけど彼らは先生の意志を汲んで生きているのだろうか。この世界をよりよいものにしよう、と理想を持っているのだろうか。 「ヅラはたまに会ったりするけどよォ。高杉のほうはよく知らねェ」 「……変わってない?」 「昔よりアホになった」 「ふふっ、そっか」 元気ならそれでいい。 もうひとりのやんちゃだった男の子の姿をまぶたの裏に浮かべる。 「そろそろ行くか。あいつも待ってるだろうし」 「そうだね」 数十分ほどの短い再会だった。それでも元気に暮らしていることがわかっただけで嬉しい。いつか、小太郎くんと高杉くんのふたりにも会えるといいと願う。 「……また会ってもいい?」 「名刺に住所あっからヤローと喧嘩したときはいつでも来いよ」 「うん、ありがと」 「…名前」 「ん?」 「いま、幸せなんだよな?」 大好きだった人を亡くして、でもまた大好きだと思える人に出会った。 それがただのお見合い結婚だとしても愛してると感じた。でもその人にはほかに想う女性がいて、わたしもまだ過去に縛られている。 「………またね、銀時くん」 幸せかと問われれば素直に頷けないけど、次会うときには心から幸せだと言えるといい。 |