「悪かった」 すれ違いざまにそう呟かれて、呆然と立ち尽くす。 十四郎さんは後悔してるのだろうか。わたしを抱いたことを、わたしとミツバさんを重ねたことを。 ―――どこか、遠くへいきたい。そうしてひとりになりたい。 唐突にそんなことを思った。 洗濯物を畳んでいた手を止めて立ち上がる。ふらふらとまるでなにかに取りつかれたかのように歩き出す。途中、何人かの女中さんに声をかけられたような気がしたけどよく覚えていない。 気づいたらある公園にいた。屯所よりすこし遠く、歩けば時間がかかる。じんじんと疲労で痛む足に、近くにあったベンチに座った。 「…なにがしたかったんだろう」 ここまで来て、一体なにが。 でもとにかくひとりになりたかった。 母親は江戸より距離のある実家にいるし、先生はとうの昔にいないし、十四郎さんは…だめだ。思えば自分の周りに頼れるような、弱音を吐けるような人がいなかった。自分で自分を支えることで、どうにかやってこれた。 それも、この前十四郎さんに抱かれたことでなにかが狂ってしまった。疲れきってしまったのかもしれない。 大きくため息を吐いて、わたしの心とは正反対の青い空を見つめた。 * ふと、見渡すと辺りは薄暗くなっていた。 だれか心配してくれているだろうか。わたしがいないことに慌てて探してくれる人はいるのだろうか。 そう考えて無性に寂しくなる。だってきっと、そんな人はここにいないから。 帰ろう、迷惑をかけてしまう前に。立ち上がった瞬間名前を呼ばれた気がして振り返った。 そこには暗闇が光るだけで、なにもない。でも、ほんのすこし希望を持ってもう一度耳をすましてみる。 「名前っ!」 駆けてくる音と同時にぼんやりとしていたシルエットがくっきり見えるようになる。 ………十四郎さんだ。 ぜーはー、と肩で息をする背中をさすりながら大丈夫ですか?と問う。その瞬間ぎろりと睨まれて思わず黙る。 「……探したぞ」 「す、すいません」 「どっか行くなら誰でもいいから一言言ってけ」 「は、はい」 「…………心配した」 ぐい、とこめかみからつたう汗を拭いながらぽそりと呟かれた言葉はきちんとわたしの耳に届いた。じいんと胸が熱くなる。 呼吸を整えた十四郎さんが真正面からわたしを捉えた。まっすぐ、揺らがない。 「……確かに、ミツバのことは好きだった。その過去は変えられないが今はお前をみていたいと思う。 俺が言うのもなんだが、俺たちはもっと一緒にいて話し合うべきだ」 聞き間違いじゃ、ないと思いたい。 十四郎さんがわたしと向き合おうとしてくれている。すこしずつだけど繋がりはじめてるって信じてもいいのかな。 ゆらりと揺れた視界を、ごしごし擦ってごまかす。なんだか最近涙もろくなってきたみたい。 ぐすっ、と鼻をならしたわたしを見て十四郎さんは困ったようにハンカチを差し出す。 「帰るか」 そう言ってわたしの手を握る。久しぶりに感じた十四郎さんの体温はあたたかくて、心地よくて。 すがるようにわたしから握りかえした。 「…名前……?」 その声は十四郎さんのものではない、でもどこか遠くで聞いたことのある声。 ゆっくり振り返ればきらりと光る銀色と、深い赤。 「銀時くん…」 最後に見たのはいつだったか。 同じ屋根の下、ともに先生の後ろを追いかけていた。友達でも戦友とも違う関係。戦争に行ったっきり、もうこの世にはいないとそう思っていたけど。 薄暗いなか、またわずかに銀色の髪の毛がにぶく光った。 |