朝、目を覚ますと隣には誰もいなかった。シーツに手を置くとひんやりしていて人の温もりはなかった。 ちらばった着物をかき集めて人に見られてもおかしくない程度に着こむ。 ふっと本棚を見ると、わずかに紙切れがはみ出していた。いけないと思いながらもそれを抜き出してしまう。 近藤さんと髪をひとつに結わえた十四郎さん、まだ幼い沖田くん。そしてその3人の真ん中にいるのは女の人。おそらくこの人がミツバさんだろう。沖田くんによく似てる。 しばらくそれを眺めて写真をもとに戻す。廊下に人がいないことを確認してから自分の部屋に戻った。 ……確かに、体は繋がった。でもそれとは反比例して心は、気持ちは離れてしまった。だってこんなにも胸が痛い。 十四郎さんの瞳に決してわたしが映らないこと。先生を裏切ってしまったこと。いろんなことがぐちゃぐちゃになってわたしにのしかかる。 「……助けて」 かすれた声で呟いた言葉は誰にも届くことはなかった。 * 素知らぬ顔で家事をするわたしを、十四郎さんはどう思うのだろう。 隊士たちの食べ終わった皿を洗いながらちらりと様子を伺ってみる。特に変わった様子はなく、いつも通りなにを考えているのかわからない表情。その顔を見て頭の片隅をミツバさんが横切る。彼女ならこんなときなんて声をかけるのだろう。 「これも、お願いします」 「あ、はい」 隣からまたお皿を追加されて慌てて作業に戻った。 一通りの仕事を終えて、台所で息を吐く。もう電気はほとんど消えていて、食堂にはわたししかいない。 ぐう、と鳴ったお腹におにぎりでも作ろうかとしたとき。 「まだいたのか」 「っ!」 ひゅっと息をのむ。 思わず手に持ったお皿を落としそうになってしまった。 「ど、どうしたんですか」 「…喉が渇いてな。冷たい茶でもいれてくれねェか」 なにを言われるのかと身構えていたけど、たいしたことなくて気が抜けた。はい、とすこし笑う。 「…どうして笑う」 「え?」 「俺があんなことしたってのになんでそうして笑ってる!」 責めて、泣けばいいのか。どうしてあんなことしたのかって、そう言えばいいの? 「………できません」 「名前」 「わたし、」 十四郎さんが好きだから。なにを言われても、なにをされてもきっと許してしまう。 でもその言葉を言おうとするたび、先生のことを思い出してしまう。あの柔らかい笑顔とか逝ってしまう前に交わした口づけとか。そしてそのあとに、ミツバさんのことを思ってしまう。十四郎さんを愛し、そして十四郎さんに愛された女性を。 「………」 だからなにも言えなくなる。 訝しげにこちらを見る十四郎さんに、どうにか口角を上げて笑ってみせた。 「…妻、ですから。」 嘘じゃない。だけど真実でもない。 失礼します、と頭を下げて隣を通る。そのまま声をかけられることもなく過ぎていく。 好きだと伝えるのが、こんなに苦しいだなんて。でもたとえ十四郎さんの愛しているのがミツバさんだって、よかった。そばにいれたら、それでよかった。 『名前さん』 好きなのに一緒にいられなかった人を思い出して、そう願う。 |