花薄 | ナノ



平日だというのに、屯所はいやに静かだ。
大量の洗濯物をたたみながら真っ青に晴れた空を見上げた。

あれから十四郎さんとは、話したり顔を合わせたりするけどそれなりにうまくやれていると思う。それでも、気まずくならないようにとわざとらしく明るく接することが裏目にでてしまうこともある。十四郎さんは勝手に慌てているわたしの気持ちをわかっているのか、ゆるりとそれをフォローしてくれてどうにかなっている。
うまく、やれているはずだ。


「買い物、行かなきゃ」


ため息まじりにぽつりと呟いた。




マヨネーズと野菜。とりあえず必要なものだけ揃えた。前みたいに大量の買い物じゃなくて、身体的にはすごく楽だ。

夏だから日差しがかなり強くて、それを避けるために寄り道をして日陰を歩く。セミの鳴き声と自分の足音が混ざる。首に汗がつたうのを感じて、休憩と言い訳をして顔を上げた。


「………十四郎さん」


お墓の前で煙草を吸っている姿を見かけて、思わず名前をこぼしてしまった。それに気づいたせいかはわからないけど、ふとこちらを向いて視線がぶつかる。
来い、と目で言われておそるおそる墓地に足を踏み入れた。


「買い物か」
「はい」


視線はお墓に向いたまま、そう問われる。十四郎さんにならって目を向けると、『沖田家之墓』と彫られていた。


「………今日は暑ィな」


一人言のようにそう言う十四郎さんになにも返せなくて黙って前を見る。
たぶんここに眠っているのが十四郎の愛している人。そしてたぶん今日が命日なんだろう。墓前に添えられた白い花を見ながら、そう思った。

しばらくふたりで言葉もなく、お墓の前にいた。何十分何時間かして、ぐしゃりと煙草の火を消して、不意に十四郎さんが腰をあげた。


「帰るか」
「…はい」



帰り道、手は繋がなかった。







夕飯を終えて、ゆっくり湯につかる。
今日はいやに疲れた。屯所が静かだったのも、隊士のみんなが元気がなさそうに見えたのも、やっぱり今日がその日だったからだ。なにもわからない第三者から見ても、総悟くんのお姉さん――十四郎さんの想い人がどれだけ好かれていたか、大切にされていたかがよくわかる。

もし。もし、ここにその女性がいたらどれだけ良かっただろう。わたしがあのとき先生と一緒に死んでしまって、代わりにその人が生きて十四郎さんの奥さんになっていればみんな幸せだったのに。


「馬鹿、みたい」


自分が死んでしまえば。
考えたのはもう何度目のこと。そんな気もないくせに、と自嘲しながらのぼせてしまう前にお湯からあがった。

湿った髪の毛をタオルで拭きながら廊下をペタペタ歩く。ふと、十四郎さんの部屋からゆるく光がもれていてそっとのぞきこむ。


「……十四郎さ、」


すべて言い終える前に、ぐっと腕を引かれた。じんじん痛む頭に目を開けたときには、天井と無表情の十四郎さん。
なにかを言う前に唇が合わさって、言葉は消えた。

その夜、初めて十四郎さんに抱かれた。なにも考えずに、心をからっぽにして。


『………ミツバ、』


行為の最中に呟いた名は、わたしの知らないものだった。それから自分の頬をつたったものが十四郎さんの汗なのか、それともわたしの涙だったのか、今でもわからない。