花薄 | ナノ



下手人。
それは死罪を意味する



「名前だ!」


嬉しそうな声がして、それにつられて顔を上げた。バタバタと3人が駆けてきた。それとは反対にわたしの気持ちは落ちこむばかりで。


「どうだった?」

「先生のこと、なんかわかったか?」


なにを、言えばいいのだろう。この子たちにどんな言葉を届ければ一番良いのだろうか。


「名前?」


なにも言わないわたしを不思議に思ったのか、銀時くんが名前を呼ばれた。それにつられてひざをついて思いきり3人を抱き締めた。


「ちょ、おい!」

「なんだよ放せよ」


年頃の男の子だから照れているらしく、身動ぎするけどさらにぎゅっと力を込めるとようやく異変に気づいておとなしくなった。


「……名前?」


なにも言えなくて静かに涙を流した。







どうしたんだ、と何度も詰め寄られたけど結局なにも言えなくて役人に追い払われたと適当に言い訳しておいた。
例え言ったとしても、あの子たちの手が届かないことを再確認するだけ。どんな強くたって、この事実をねじ曲げることはできない。ましてや女と子どもには、なにもできない

深夜、もう月しか照らすものがない時間帯にそうっと布団から抜け出す。すうすう寝息をたてる子どもたちを見て、安心する。


「ごめんね、みんな」


嘘を吐くわたしを許して




昼間、先生に会ったのを最後にするつもりはない。

初めて行った牢獄は冷たく、重い。それでも会いたいという気持ちがわたしの足を動かした。見回りの姿が小さくなったのを確認して体を滑り込ませる。
焦る気持ちでとにかく先生の姿を探す。わずかに走りながら目を細めると、髪の長い後ろ姿を見つけた。


「っ、せんせ」


たたたっ、と駆け寄って冷たい檻を掴む。その音に気づいたのかゆっくりと顔を上げた。


「……名前さん?」

「先生」


驚いた顔を見るのは久しぶりだなんて、いまの状況とは関係のない呑気なことを考えてしまう。
顔を見る限り、ケガをしている様子はないから暴力は振るわれていなかったみたいだ


「…どうして」

「会いに、来たの」

「ここは危険です!はやく戻ってください」

「イヤ」


いやだ。
もう一度そう呟いてまっすぐ先生の目を射る。


「だって、先生は」


それ以上はどうしたって言えない。


「……名前さん」

「…」

「こうなってしまったことはもうどうしようもできません。私も、受け入れます」

「…」

「ただ一つ心残りは、あの子たちとあなたを置いて逝くことです」


笑っていない先生を初めて見た。あとすこしで泣いてしまいそうな表情を、わたしはただ見つめることしかできなくて。


「…先生、わたしも連れていって」

「名前、さん…?」

「先生が逝ってしまうなら、わたしも連れていってよ」


取り残されたくはない。
ただ好きな人と一緒にいたいだけなの。


「名前さん、それはできません」

「なんでっ、」

「あなたは、生きてください」


いつも、そうだ
怒るわけでも強い口調で詰め寄られるわけでもないのに、いつだって先生には逆らえない。自然と頷いてしまう。

先生はいつだって優しすぎる。憎しみを愛情で返してしまう。
慈しむように頬を撫でられると止めようと努力していた涙がまたぽたりと地面を濡らした。


「先生、好きです」

「すき」


言葉だけじゃ全部伝えきれない。今すぐ先生の胸の中に飛び込んでしまいたいのに
逃げようよ、どこか遠くに。無理だってわかっているのにそう願わずにはいられない。


「…私も名前さんを愛しています」

「先生……」


スッと伸ばされた手がわたしの頬を撫でる。そのまま親指で涙を拭われた。


「さあ、もう行って」

「っ、せんせ、」

「さようなら」


どうしてそうして笑うの

離れていく手を掴みたいのに、なぜか足が動く。先生の名前を呼びたいのに背中を向けてしまう。走り出すと同時に涙腺が壊れてしまったかのように、涙が次から次に流れ出る。


先生が逝ってしまうなら、わたしも一緒に死んでしまいたかった。あの人がいない世界なんて、色のないつまらないものだから。
でも、先生は全部わかっていた。だからあんなこと言ったんだ

『あなたは生きてください』

なんて優しくて、残酷な人


わたしは一生その言葉に縛りつけられてこの世を生きなきゃいけない。
生きろ、と言った人がいなくなってしまったこの世界で。