「おい、先生のこと離せよっ」 「邪魔だ、どけ」 「高杉くん!」 すがりつくように止めようとした高杉くんを突き飛ばした男を睨みつける。にやりと下品な笑いでわたしを見て、ねっとりとした口調で呟いた。 「お前の女か」 「あなた方には関係ありません」 「……ふん、まあいい」 尻餅をついた高杉の肩を支えたまま、なにがなんだかわからず呆然と座りこんだまま。子どもたちもいつもの元気はどこへいったのか、シンと静まり返っていた。 「先生!」 先生が振り返らずに行ってしまうというところで、そう呼ぶとゆっくり振り返っていつもみたいに、なんでもないように微笑んだ。 * 「なんでだよっ、なんで先生が連れていかれなきゃいけねえんだよ!」 「落ち着け銀時!!今騒いだところでなにも変わらんだろうが」 「……クソッ」 「名前はなんも思わないのかよ」 「………」 「おい名前!」 「え、な、なに?」 なにがなんだかわからなくて、ぼうっとしているところを銀時くんに背中を叩かれて意識を戻す。 「しっかりしろよ!先生連れていかれたんだぞ!!」 わかってる、でも頭がついていかない。目の前で断ちきられた日常がまだ残っている。 叱ってくれた銀時くんにも高杉くんにも小太郎くんにも、不安の色がその瞳の奥に見える。わたしが、しっかりしないと。 「みんなはここにいて」 「……どこ行くんだよ」 「知りたいことがあるの」 一番の疑問はどうして先生が幕府の役人なんかに連れていかれたか、ということ。あんな無理やりで良い意味なわけがない。 それじゃあどうして? 「わたしが戻ってくるまでどっか行ったりしないで。きちんと鍵かけて、変な人が来ても開けちゃだめよ」 スッと立ち上がって簡単に身支度を整える。その後ろから今まで黙っていた高杉くんがぽつりと呟いた。 「……ちゃんと、戻ってこいよ」 いつも無口で、たまに口を開けば喧嘩ばかり。それなのにこういう時には寂しさを見せる。 人一倍、優しくて繊細な子だとわたしは思う 「待ってて」 必ず、取り戻してみせる * 坂を下って、橋を渡ると町が見えてくる。買い物のときにしか行かないその場所はなぜか今だけ知らない町みたいに見える。 辺りを不自然じゃないくらいに見渡しながらひたすら歩く。すると、急に人の数が増える場所に通りかかった。 なんだろう、と見れば高札があってその前には人混みができていた。どうやら容易にそこを通り抜けるのは難しいらしい。 人の間を縫うようにして、どうにか足を進めていく。 「またか」 「最近多いよな」 「おいおい言動には気をつけろよ。幕府に見つかったらお前も殺されるぞ」 「……にしてもこの男、まだ若いのに気の毒だな」 「30にもなってねェらしい。俺の息子とあんま変わらんよ」 「そうか…、まだ好きな女もいただろうになァ」 人だかりのなかを歩けばそんな会話が聞こえてきた。駆け足だったのを、ゆっくり速度を落としていく。 それに反比例して、なぜか心臓はどくどくの存在を示している。 「にしてもこいつ、俺の近所に住んでたやつだ」 「へえ、本当かい?」 「ああ。寺子屋やっててな、ガキを何人か見たことがある」 ぴたりと足を止め、ゆっくりと顔を上げる。 目を細めながら高札を見つめる。 「それじゃあその寺子屋は潰れちまうな」 「仕方ない、死んじまったらなにも教えられねェからな」 やれやれ、といったように男数人がその場を離れる。でもそれさえわたしは気づかずにいた。 高札に書かれたいたのは、吉田松陽の名前と下手人の文字。 日付は、明日だ |