いろいろ | ナノ

ふわふわの髪の毛
キラキラの爪

ねえ、かわいいでしょ?



コンビニでいつも買っている雑誌を2冊手にとってレジに置く。


「お前…またそんなの買うのかよ」
「うるっさいなー。トシだってその右手に持ってるマヨネーズなんなの」


お札一枚と引き換えにおつりと雑誌の入った袋を受け取って店を出る。後ろから歩いてくる音が聞こえたので、くるりと振り返った。


「見てこれ」
「あ?」
「ネイル、新しくしたの」


ぴんと伸ばした指先をトシの目線のところまで上げる。紙パックをちゅうちゅう吸いながらそれを興味なさそうに一瞥。


「どーでもいい」
「うわ、ひどっ」
「爪の色なんか気にしてどうなるんだっつの」
「女の子には大事なことなの!」


淡いピンクの爪を一撫で。昨日お店で一目惚れしたこのネイルは、1000円もしないけどあたしは気に入ってる。


「じゃ、俺こっちだから」
「バイバイ」


あたしの倍大きい背中をヒラヒラ手を振って見送る。



「…はぁ」


夕空にため息がおちる。振っていた手のひらを空に透かして見る。

『どーでもいい』

さっきまでかわいいと思えたピンク色がくすんで見えてきた。安物の、ネイルがりがり削ってみても取れるはずもなく。
家に帰ってから取ろう、と決心してレジ袋を振り回しながら家路についた。




「よし!」


髪はふわふわ、まつげはバサバサ、爪はキラキラ(ずっと前に買った色だけど)。大丈夫、どこもおかしくない
。鏡でちゃんと確認してから勢いよく玄関のドアを開ける。数分歩けば、大好きな背中を見つけた。


「おはよ、トシ!」
「おう」


にっこり笑えばトシも軽く微笑んでくれる。ぎゅうっと心臓を掴まれるような感覚に思わず胸を押さえた。


「?どうした」
「なんでもない…」


と、ときめいた…!赤くなった顔がバレないようにとそっぽを向く。途端、後ろからトシを呼ぶ黄色い声。トシは律儀にそれに反応するからまた声は大きくなる。さっきまでの幸せな気持ちはジェットコースター並みに急降下。


「お前、」
「なに」
「爪の色、昨日と違う」
「やっぱり似合わないから変えたの」
「へえ」


トシに言われたから変えたんだよ。そう言えたらいいのに。でもこんな小さな変化に気づいてくれた嬉しさのほうが勝ってる。
ふふふ、と笑うと不思議そうに見られた。


「なんだよ」
「べっつにー」
「あ、じゃあ俺こっちだから」
「またね」


そのまま隣のクラスに吸い込まれていくように消えてしまった。女の子の土方くんおはようの声が心底うらやましい。

あーあ、振り向いてくれないかな。学校中の女の子がトシに対してそんなことを思ってるだろうね。あたしじゃない、わかってるよ。でもこのピカピカの爪も、手入れのめんどくさい髪もトシだけのためのもの。かわいいって言ってほしいから。




「お」
「……どーも」


めんどくさい体育は見学。幸運にも隣のクラスと合同なのでトシの姿をばっちり目に焼きつけていると、ひょっこり顔を出したのはトシと同じクラスの沖田くん。あたしを見つけた途端にやりとサディスティックな笑みを浮かべた。


「見学のフリして土方の観察ですかィ?」
「ほっといてくれない?」
「さっさと告っちまえばいいのに」
「沖田くんには関係ない」


ちっ、つまんねーの
そう言って隣に腰をおろす。まだ居座る気なのかと睨み付けても素知らぬ顔。


「体育嫌いなんですかィ?あんたのボール蹴ってる姿見たことねェや」
「嫌いっていうか、汗かきたくないの。マスカラ落ちちゃうでしょ?」
「ハッ、相変わらずだねェ」


バカだと笑われたって、別に構やしない。振り向いてくれない男のためにここまでやるのかと言われてもいい。


「そんなに、あいつがいいんですかィ?」
「え?」
「あんなマヨラーでへたれな男より俺のほうが5億倍マシだと思いやすけど」
「!」


ばっと隣を見ても涼しい顔でグラウンドだけを見つめている。…からかわれたの、かな?







授業が終わり、さっそくトシの姿を探す。確か今日は部活がないと言ってたし、学校のど
こかにいるだろうとキョロキョロ見渡せば、見慣れた黒髪。駆け寄ろうと足を踏み出して
、すぐに止めた。
…誰か、いる。
トシの隣にはあたしと正反対の女の子。髪はまっすぐストレート、スカートの丈は膝まで
ある。確かトシと同じクラスの子だったはず。物陰に隠れてその様子を見ていると、なん
とも楽しげで。ふつふつと黒い感情が生まれてくる。

じゃーな、とトシの声が聞こえて慌ててそこから離れた。下駄箱のところでさもずっと待
っていたかのようにうずくまる。


「まだいたのか」
「うん」


あたしがずっと探していたことも、さっきまでトシと女の子のことを盗み見ていたことも
知らずに、靴を履き替えてあたしの前に立つ。


「行くぞ」
「…うん」


勝手にヤキモチを妬いてる。わかってるなにもしないくせに振り向いてほしいと夢見
ている。わかってる全部ぜんぶわかってるけど、切ないし苦しい。あたしだけを見てほ
しい。


「ねえ、トシ」
「あ?」
「もし、もしね」
「ああ」
「あたしに好きな人がいたらどうする?」


試すように問いかける。隣を歩くトシの顔が見れなくてアスファルトを睨んだまま。


「…なんだそれ」
「いいから!答えてよ」
「………別にどうもしねェ」


すこしだけ期待してた。好きなやつってだれだよ、とかそーいうこと。でもたぶんトシの
中にあたしはいないんだろうね。


「やっぱりあたしじゃあ、ダメなんだね」
「なに、」
「一生懸命髪巻いて、ネイルだって、まつげだって…頑張ったんだけど」
「おい」
「あたしじゃあダメなんだね、トシには」


溢れ出てしまいそう、痛い、苦しい、……好きだよ。
この数ヶ月、雑誌を見ながら少しずつ化粧を覚えていって、服も大人っぽいものを買うよ
うにして。ただ一言似合うよって、かわいいよって言ってほしいだけなのに。


「う、っく」
「逃げんな!ちゃんと言えよ、お前の口から!!」
「ト、シ」
「ずっと溜めてたことちゃんと俺に言えよ」


泣きじゃくるあたしの両腕を握って、トシが真正面からあたしを見つめる。


「っ、好きだよアホトシ!」
「…なんでお前はそういう余計な単語を」
「うう、ひぐっ」
「わかったから、泣くな」


ぐしゃぐしゃと乱暴に髪の毛をかき混ぜられる。それでも涙は止まらなくて、逆に量が増
えた気がする。


「仕方ねーな。一回しか言わねえからよく聞いとけ」
「……なによう」
「お前が好きだ」
「は?」
「おま、もうちょい女らしい反応しろよ」
「え、今なんて」
「一回しか言わねえっつったろ」


鋤?隙?スキ?好き?トシがあたしを好き?
うそだそんなの、夢だこんなこと。


「やっと泣き止んだか」
「ありえない…」
「あ?」
「夢だ、そうだきっと!」
「喧嘩売ってんのかテメエ」
「……信じて、いいの?」
「…ああ」
「トシもあたしと、おんなじ気持ちなんだって信じていいの?」
「ああ」


このネイルも、パサパサのまつげも、ふわふわの髪も無駄じゃなかったんだ。
トシが振り向いてくれる女の子になれたんだ。


「…トシ」
「なんだよ」
「あたし、かわいい?」
「はァ?」
「かわいい?」


ズイっと顔を近づけて見つめる。するとトシはふい、とそっぽを向いてしまった。それか
ら数秒後、耳を真っ赤にしながらぽつり。




「…………かわいい」


好きな人のその一言だけであたしは世界で一番幸せな女の子になれる。




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