いろいろ | ナノ
「愛してるよ」
電話の最後や、別れ際のホームで必ず退はわたしにそう言う。それはもちろん嬉しいのだけど、でも最近はそれだけじゃない。
愛してると言われるたびに悲しくなる。それは退が自分自身に言い聞かせているようにも聞こえるし、気持ちがともなっていない呪文のようにも聞こえる。
退の目にはわたしが映っているのだろうか。
「今日は楽しかった」
「うん。また行こうね」
「次はお弁当でも持っていこうか」
「そうだね。あんぱんも入れようか」
「ちょ、やめてよ!」
「冗談だよ」
春風と呼ぶにはすこし強い風が吹く。それと同時に、駅員のアナウンスが響いた。
「そろそろ電車来るね」
「うん」
きっとまたすぐに会えるのだろうけど、別れ際はやっぱり寂しい。繋いだ手にぎゅっと力をこめて自分のものとは違う体温を記憶する。
「…じゃあまたメールする」
「気をつけて」
するりと消えた彼女の手を名残惜しく見つめて、もうお決まりになった台詞を閉まりかけたドアの間にすべりこませた。
「愛してるよ」
驚いたようにわずかに目を見張る彼女は、なぜか泣きそうな顔で笑った。
どうして、と呟いた言葉は結局届くこともなくドアに跳ね返される。ゆっくりと小さくなっていく電車を見送りながら胸の奥にしこりが残っているのを感じていた。
好きだと、愛してると告げるたびになぜか彼女はひどく悲しそうな目をするようになった。それがいつからかはもう思い出せないけど、同じように俺も悲しくなる。
気持ちが伝わっていないのだろうか。それとももう彼女は、
友達に相談すれば、きっとただののろけだと笑われてしまうだろう。でもそんな甘い悩みなんかじゃない。繋いだ手のむこうで鼻歌まじりに歩く退に、またもやもやが広がる。
「あ、今日はもうここでいいよ」
「え?家まで送るよ」
「この時間親いるから」
「そ、そっか…」
残念そうにまゆを下げる姿にきゅんとする。じゃあ、と手を離すとそれを追いかけるようにあの台詞を口にした。
「愛してる」
胸にすきま風がふく。ふたり分の体温を持ったてのひらが冷たくなっていくみたい。
「……いらない」
「え?」
「もうそんな言葉いらない」
彼女の言葉に頭が真っ白になる。時が、止まったような気がした。
「退は本当に、」
「好きだよ!」
君が好きだよ。ホントの本当に君が好きだ。
彼女の言おうとしているその先がわかって叫ぶようにそう言うと、すこし目を伏せてまた薄い唇を開いた。
「わたしも退のこと、好きだよ。でももう言葉はいいの」
喜んでくれると思っていた。テレビでも雑誌でも愛の言葉を囁けば女の子は喜んでくれると言っていたから。
いままでのことが裏目に出ていることを知ってちょっとうなだれていると、ようやく彼女がくすりと笑った。
「…言葉よりもっと強く、伝えられる方法があるじゃない」
両手を広げて、やわらかく笑う。ふわりと風が俺と彼女の間を吹き抜けて、まるでそれがなにかの合図みたいに磁石に引き寄せられるように一歩また一歩と近づく。彼女の背中に手を回す。
あったかい。すん、と鼻をならすと女の子特有のほのかに甘い香りがした。
ああ、そうか。こんなに簡単に彼女をわかる方法が、気持ちを伝えるやり方があったじゃないか。
抱きしめる力をちょっと強くすると、自分の心臓の音と彼女の鼓動が混ざる。どくんどくんどくん。するとなぜか急に、いまこの瞬間俺たちがこうして抱きしめあっていることがすごい運命に思えてきた。大好きな人と一緒にいることで、なんでもできてしまいそうな気にさえなる。もし怪獣が地球を襲ってきても、正義のヒーローのように一撃で倒せる自信がある。
「ははっ」
「なに笑ってんの?」
「いや。ヒーローになるのも悪くないなって思って」
「はあ?」
意味わかんない、と肩を揺らして笑っている。
いいよ、わからなくても。俺だけが知っていればそれでいい。