「…………んん…。」

目が覚めて一番初めに目についたのは壁掛けの時計の針が示していた午後の11:38だった。ちょっとだけ昼寝をするはずだったのが大分寝過ごしてしまった。未だしょぼしょぼする目を擦り、身体を起こすと先ず初めにはっきりと感じた感覚は尋常じゃない空腹感と、それとは別の何かの違和感だった。床に乱雑に転がっていたスリッパを履き、キッチンに向かった。が、キッチンには誰もいない。とりあえず冷蔵庫からジュースを取り出して飲みながら今度は寝室へと向かった。だがやはり誰もいない。今一度時間を確認するとやはり短針は11をしっかりと指している。ポケットの中の携帯を取り出して開いてみたが、着信の履歴も受信の履歴もない。名前は廊下に立ち尽くしながら頭をポリポリ掻いた。

「………何処行った?」

何時もなら佐助は9時前にはご飯を作りに帰ってくるのに。仮に9時に帰れなくても連絡は入っているはずだ。会社の同僚と飲みにいくから遅くなるとか、今日は電車が遅れてるからとか、必ず心配して連絡をくれるのに、今日は珍しくそれがない。お昼も抜いて夕飯もまだ食べてないのでお腹は空いているのに、佐助が帰って来ないとなるとご飯が食べれない。電話をかけてみたが、なかなか出ない。どうやら電源をオフにしているらしく、機械的な女性の声が掛ける度に聞こえてくるだけだった。確認の為に携帯を耳にあてたまま玄関へ行ってみたが、やはり彼の靴は見当たらなかった。

「…………。」

だんだん苛苛してきて、臍の辺りがくつりくつりとしてきた。

(全く、一体あいつは何してんだ。人を待たせといて。こちとら腹が減っているんじゃブォケ。また変な輩にナンパされてんのか、そうなのか、馬鹿野郎。どーせケツの軽い女の子と話して鼻の下伸ばしてるんだろ、キモ、嫌い。)

「……だいたい、こんな大雨の中でよくそんなこと……あ。」

そう呟いてひとつ気がついた。視線を玄関の床から下駄箱の直ぐ横にある傘立てへと移した。そこには綺麗にしまわれてある黒い男物の傘と淡いピンク色をした自分の傘が仲良く並んでたっていた。そして今朝なにがあったかを思い出した。そういえば彼が傘を持ってくのを待たず彼の言い分も聞かずに追い出したんだっけ。玄関の向こう側からはさっきよりも強く、台風のような大粒の雨が降り頻り、地面をつよく打ち付けている音が、ドアを開けなくとも鮮明に聞こえてくる。そうか、もしかしたら彼は帰らないのではなく帰れないのかもしれない。本来、傘がないならタクシーやらなんやらで帰ればいいことだが、多分この分だと何処も混んでるから捕まえられないだろうし、コンビニの柔なビニール傘じゃあこの暴風雨は凌げないはずだ。今回ばかりは完全に自分に非がある。さっき心の中で散々佐助に対して悪態をついたことをこっそり謝っておいた。(心の中で。)

「………はあ。」


名前は欠伸混じりに溜め息を吐くと、黄色いレインコートを羽織り、黒い傘を片手に家を後にした。



20100317.





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テーマ「人外ファンタジー」
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