バタンと玄関のドアが閉まる音が部屋中に響く。築十数年も経てばドアやら窓やらにガタがきて、よく軋んだり、開けたり閉めたりするときに違和感がある。でもこの部屋はわりと綺麗だから他の部屋よりかは幾分はましだ。というのも、この部屋に住んでる男は無駄に神経質で綺麗好きだからかもしれない。彼は器用で手際もいいから、家事や細かい作業も得意だ。今日も夕飯の買い出しに出て丁度帰ってきたところだ。

「…………。」

リビングのドアをちょっと開けて、覗くようにして玄関の彼の様子を見る。買い物袋を提げて、靴を脱ぎ揃える姿はまるで本当の母親のように見えてきて何だか奇妙だ。買い物袋の中身はよく見えないけれど、じゃがいもや人参やらがちらほら顔を覗かせているのを見ると、今日はカレーか何かを作るらしい。そういえばさっき、今日は名前ちゃんの好きなの作ってあげるね、なんてヘラリと笑って言っていたのを思い出した。

「……おかえり。」
「ただいま、」

彼は私の頭をぽんと撫でてそう言うと、づかづかとリビングに入っていった。そのままキッチンに向い、買い物袋を冷蔵庫の中にぼんと置いた。そして其処らへんにあった椅子に凭れて、一服し始めた。私が昔あげたジッポのライターを彼はまだしつこく愛用している。私が初めてくれたプレゼントだからえらく気に入っているらしい。本当はそのライター、他の男友達から貰った御下がりなんです、なんて死んでも言えない。言ったら殺される自信がある(精神的にも肉体的にも)。

「煙草くさーい。」

煙草の煙を吸うと肺と心臓がぎゅううとされるような圧迫感があって嫌いだった。キッチンの換気扇を回すと、私も彼と同じく其処らへんにあった椅子にすとんと座った。すると彼は此方に座りなと言わんばかりに自身の膝を叩いてニタリと笑っていたが、思いっきり無視し、冷蔵庫からファンタを取り出してごくごく飲みだした。彼はちょっとシュンとしていた。

「そんなビール飲んでるオヤジみたいな飲み方止めた方がいいよ?女の子なんだから。」
「いいじゃん別に。」
「よくないよ。名前ちゃん可愛い顔してるんだから、もっとおしとやかにした方がもっと可愛くなるよ。」
「煩い、もう佐助嫌い。」

私がそう吐き捨てるように言うと、佐助はき、嫌いって……。と悲しみに満ちた表情をした。私の言動に一喜一憂する彼が可愛い、そう思った。

「嘘、好き。」

そう言ったら彼は目を真ん丸にしてゴホゴホと煙草で蒸せた。どこまで可愛いんだお前は。


20100314.




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