夕方から、激しい雨になるでしょう。
その天気予報の言葉通り、外はバケツをひっくり返したような大雨がざあざあと降り始めた。傘を持ってきていてよかった。まさかこんなに降るなんて。これほどの大雨だと、教室で僕を待っているみょうじさんは髪がうねるとか相合傘が出来ないだとか、いろいろと文句を垂れるだろう。その光景がありありと浮かんできて少し頬が緩む。

「……みょうじさん?どうしたの?」

部活を終えて体育館を出ると、びしょびしょに濡れたみょうじさんが今にも泣き出しそうな顔で立っていた。水をたっぷり吸った制服の裾を握りしめて助けを求めるかのように僕を呼ぶので、急いで駆け寄る。生地の薄いセーラー服は濡れて肌に貼り付き、ピンクの下着が透けている。僕は鍵を任されて最後まで残ってから他に部員は誰もいない。他に誰もいなくてよかった。こんなみょうじさんの姿を、他の誰かに見られたらたまったもんじゃない。

「いつからいたの?」
「さっき…」
「教室いたんじゃないの?」
「お菓子買いに行ったのー!そしたら突然降ってきてさあ」

まあ今日雨降るって言ってたしね、と返すと知らないと地団駄を踏まれた。はいはい、と宥めるように水滴がしたたり落ちるみょうじさんの髪を持っていたスポーツタオルで拭く。手足に首筋も。みょうじさんは大人しくされるがままになっていたけれど、途中で盛大なくしゃみを二発した。

「冷えるから、これ着て。ね」
「っくし…うん」

着ていたジャージをみょうじさんの肩にかける。ずいぶんとサイズが大きいがまあこの際だろう。みょうじさんはずびずび鼻をすするだけで袖を通そうとせず、ほらと催促してようやく袖を通した。透けた下着が見えないように、ジッパーをいちばん上まで閉めてやる。

「風邪引くから、さっさと帰ろう」
「傘ないんだって」
「僕は持ってるから…少し大きめなんだ、大丈夫だと思うよ」
「やったあ、相合傘だ」

みょうじさんは拗ねたような顔を崩してへらっと笑った。もう相合傘なんて何度もしているのに。彼女の着るだぼついた僕のジャージの袖は余って、子どものよくやるお化けのまねごとみたいだ。肩も丈もずいぶん余ってる。いつも思うことだけど、やっぱり、みょうじさんって小さいんだな…

「へっぶし」

みょうじさんの盛大なくしゃみに我に返る。ごめん、早く帰ろう。僕はあらかじめ持ってきていたこうもり傘を開く。僕と、小さいみょうじさんなら、まあ大丈夫だろう。

「うち、寄って帰りなよ」
「月本くんち?」
「うん、お風呂入った方がいいから」
「ありがと」

それからしばらく、僕たちはあんまり喋らなくて、代わりにザーザーうるさい雨の音だけが響いた。たまにみょうじさんに目をやると、しきりに僕のジャージをいじっている。袖を伸ばしてみたり、肩を引っ張ってみたり。

「何か、変?」
「ううん。これさ、月本くんにはぴったりなんだよね。わたしはぶかぶかなのに。やっぱり月本くんっておっきいね」
「…みょうじさんが小さいんだよ」

なんだか妙に胸が鳴り、僕は目をそらした。みょうじさんの小ささにいつもびっくりして、守ってあげたいと思っているのは、僕の方だ。ああ、好きだな、かわいいな、自然に漏れた微笑みにみょうじさんの顔も綻んだ。