高尾が、高尾が、高尾がなんだ。こいつはいつも、高尾ばかりだ。オレの気も知らないで、何が高尾だ。度量の狭い男だとは承知している。だが気分がいいわけがない。オレとみょうじは恋人らしいことなど、ほとんどできていないというのに。恋人らしいことといったら、みょうじと一緒に帰るくらいか。それを除けばよっぽど、よっぽど高尾とみょうじの方が恋人らしい。

「おー緑間。おつかれちん。着替えんの遅いよ。高尾にラインするとこだったよ」

みょうじはマネージャーの仕事を終えて、体育館の前で座って待っていた。俺は一番最後に出てきたから、ほかにはもう誰もいない。

「…オレにすればいいだろう」
「高尾の方が返事早いからさ。緑間携帯見ないじゃんか」

ほら、また高尾だ。ふつふつと湧き上がる醜い感情。ぐっと抑えて隣に座った。不機嫌は恐らく顔に出ていたが、みょうじは携帯をいじっていて大して気に留めてはいないようだった。

「あれ、帰んないの」
「…帰るのだよ」

そう答えたが立ち上がろうとはしなかった。

「なんか機嫌悪くない?」
「悪くない」
「何言ってんの超不機嫌じゃん、眉間に皺寄ってんぞ〜」

みょうじがぐりぐりとオレの眉間を指で押す。とてもいたずらっぽい笑顔。普段ならこれをかわいいと思えるのに、今日はどうにもイライラしてきて、彼女の腕を払ってしまった。みょうじの見開かれた目に全身を射抜かれたような、そんな気分になる。彼女の顔を見ていられなくて目をそらした。

「ご、ごめん緑間…あたしなんかしたかな」
「お前は…お前は高尾が好きなのか」
「なんでよ」
「お前はいつも高尾を気にする」

瞬間、みょうじがげらげらと笑った。なんだそんなことかと、笑い混じりに言った。オレにとっては、オレにとってはそんなことではないというに。

「だってすごい顔してたんだもん。あのねー高尾が好きだったら高尾と帰るし、緑間待ってたりしないよ。ただでさえマネージャー疲れるんだからさあ、好きでもない人待とうとか思わないよ。ていうか嫌われたかと思ったじゃん、ビビるー」
「みょうじは、」

俺の気持ちなんて一つも、と言おうとしてぐっと飲み込んだ。醜いにもほどがある。みょうじから高尾に向けられるすべてがオレに向けられたら、なんて思っていることを知られたくはなかった。

「でもごめんね」
「いや…」
「好きだよ」

その一言に思わずみょうじの方に顔を向けてしまった。真剣な彼女の眼差しがそこにはあった。

「高尾と話してたのは…普通に仲いいってのもあるけど、緑間のこと聞いてたの。悔しいけどアイツの方が緑間のこと知ってるから」
「みょうじ、」
「でもそれ、ぜんぶ緑間に聞けばよかったね!あたしの彼氏は緑間なんだしさ。今度からそうするよ」

申し訳なさそうに笑うみょうじに、胸が締め付けられる思いだった。謝罪の言葉を口にすると、謝るのは緑間じゃないとそう言った。
帰ろっか、すくっとみょうじは立ち上がった。彼女の方が何枚も上手だ。オレはなんて子供っぽいのか。彼女に続いて立ち上がろうとすると、腕を掴まれた。何事かと問う前に唇に柔らかな感触。ゆっくり離れていくそれを、オレはぼうっと見つめた。

「ほんとに、好きなんだからね」

彼女に見下ろされたのは初めてなような気がする。オレは座ったまま彼女の顔を見つめた。夕日を背中にした彼女の顔には影が差していたが、花の咲いたような微笑みが見て取れる。

「オレが…悪かったのだよ」
「だから、なんで緑間が謝るの」
「好きだ」

立ち上がってキスをした。ああそうだ、みょうじは高尾に、こんな顔を向けはしない。