日は暮れかけて辺りは群青色になり、空気はひんやり冷たくなる。僕は少し身震いをするけど、みょうじさんはそんなことはお構いなしなようで他愛もない話をしながら太陽のように笑う。彼女といると少し暖かくなる気がするのはたぶん気のせいではないのだろう。みょうじさんは僕の手のひらでなく、指だけを握ってぶんぶん高く振る。僕としてはもうすこし近くを並んで歩きたいのだけど、みょうじさんがえらく楽しそうなので何も言わない。

「ゆうやーけこやけーで日が暮ーれーてー」

ご機嫌のみょうじさんが楽しそうに口ずさむ。生憎の曇り空で夕焼けなんて少しも出ていないのにこの選曲。

「夕焼け出てないよ」
「んー?」
「いいの?」
「いいのー」

明日晴れるもん、見てて。とよくわからない理屈を並べたみょうじさんは右の革靴を吹っ飛ばした。綺麗に弧を描いて飛んでいった革靴は、乾いた音を立ててコンクリートに落ちた。靴裏は見事に横を向いている。

「あーっ」
「曇りだね」
「むう」

みょうじさんは片足にだけ靴を履いた状態でぎこちなく吹っ飛ばした靴を拾いに行く。その後ろ姿をぼんやりと見つめた。かわいらしいその背中に、ふっと笑みがこぼれそうになる。
月本くーんとみょうじさんに呼ばれて、僕が行くより先にみょうじさんがかけ寄ってきた。勢いよく腕に抱きつかれて、みょうじさんの指がさっきとは違ってぎゅっと僕の指に絡められいて、僕は少し目をそらした。相変わらず彼女はご機嫌で、また鼻歌を歌い出す。

「……んんーんんんー、んーんー……ふふんふーん、」
「みょうじさん、それって」
「月本くんがいつも歌ってるやつ。覚えちゃった。あはは」

みょうじさんは天を仰いで大きく笑った。なんだかどうしようもなく恥ずかしい。わざと生返事を返すと、こてんと肩に重み。鼻歌を歌い続けるみょうじさん、僕は何も言えずにいる。

「ね、英語の宿題した?」
「うん」
「えっ、早。わたしまだ手つかず」
「……手伝うの?」
「ご名答ー」

僕のすぐそばでふにゃりと笑うみょうじさん。今からうちに来るかと言うと返事の代わりにまた歌い出した。僕の体に染み着いたメロディ。彼女の口から流れてくると特別な気がする。もうすっかり日は暮れて、月が出ていた。