「へし!へしーーー!!」
庭先から主の大きな声がする。長谷部と呼んでくれはしないかとあんなに言っているのに。そんなに大きな声で呼ばなくても、聞こえていますよ。
「いかがされました?」
主が逃げるように木に登り幹にしがみついているではないか。何事かと思えば、根本の茂みに蛇がとぐろを巻いている。毒のない、よく見るなんでもない蛇だ。
「助けて!ヘビ!」
「青大将ですよ。毒はありません、そんなに怖がらなくても」
「ヘビはヘビだもん。なんとかしてよーへしー!」
まあ、主命とあらば。軽く追い払うと、蛇はおとなしくどこかへ消えていった。もう大丈夫ですよ、と声をかけても主は木から降りようとはしない。
「いつまでそうしているんです?」
「降りらんなくなっちゃった…」
降ろしてと両手を伸ばされる。全く、仕方のない主だ。木から降ろしてそのまま抱きかかえた。俺が抱き上げると主はいつも重くはないかと問うてくるが、とんだ愚問だ。このままどこへでも連れて行って差し上げますよ。
着物に香を焚いたのか、心地の良い香りが鼻孔をくすぐる。主は自らそんなことをするようなマメな人ではないから、大方歌仙か誰かだろう。
「すぐに俺を呼んでくださればよかったのに」
「だってえ」
「あなたという人は」
「んー、ごめんね。ありがと」
ぎゅっと抱きつかれる。素でこういうことをしてくるものだから、俺の方はたまったもんじゃない。