滝川くん、彼女は俺をそう呼ぶ。手をつないだりキスをしたりするような仲になっても、ただのクラスメイトだったころの名残がまだ、ある。かくいう俺もまだ彼女を名字で呼んでしまうが。
「滝川くん、あのね」
「ん?」
彼女は俺に話しかけるとき必ず俺の目を見ようと顔を向けてくれるのだが、俺が彼女を見ると恥ずかしそうに目を逸らす。そのかわいらしさに口元が緩んだ。そっとみょうじの手を取る。俺よりも一回りか二回り、あるいはそれ以上に小さい手が控えめに握り返してくる。
「なまえ」
いつもは呼ばない彼女の名前を呼んでみると、みょうじは目をこれでもかと丸くして俺を見上げた。何でもないような顔をしてみせたが本当は少し緊張している。悟られまいとひとつ息を吐いた。口に出してみるといささか恥ずかしいものだ。特別な感じがする。やはり彼女には名前で呼ばれたいと思った。
「た、たっ滝川くん」
「優」
「え?」
「俺の名前は優だ」
「しっ、知ってる」
「親しい人はみんなそう呼ぶ」
「…野球部とか?」
「家族とか」
あまりにみょうじが顔を赤くするものだから、俺の緊張はどこかへ行ってしまって微笑ましさといとおしさだけが残る。お前は呼んでくれないのか?俺がそう言うとみょうじの顔はさらに赤くなった。少しからかいすぎたかな、
「ゆ、ゆ、優…くん…」
消え入りそうなか細い声だったが確かに聞こえた。これは…いいなあ。
「そう照れるな」
「だって!」
「それで?話があったんだろう、なまえ」
「ばか」
それでも手は繋いでいてくれるんだな。