「海ーっ」

みょうじさんは波打つ海に向かって大きく手を広げた。セーラー服の紺色の襟と、みょうじさんの縛った
髪の毛が潮風に強くはためく。僕はそれをぼんやり見つめた。

「海だよ、月本くん」
「うん」
「海だよ?」
「うん」
「なんでつまんなさそうなの?」
「つまんなくはない、けど…珍しくないでしょ」
「…ナンセンスゥ」

デートじゃん、デート。みょうじさんはそう言ってぷくぅと頬を膨らませると革靴を脱ぎ捨てて、紺のソックスを放り投げ、水の中へと駆けていった。勢いよく駆ける後ろ姿。セーラー服の大きな襟と、縛った髪の毛が揺れる。暴れる前髪を耳へかけた。長さが足りずに落ちてくる。海の季節は少し前に済んだ。人影もない。膝まで水につかったみょうじさんが、僕をしきりに呼んでいた。
のっそり波打ち際に向かう。スニーカーが砂に沈んで、半分干からびたぬめる海草を埋めた。陽のないせいで淀んだ緑色の海の中で、みょうじさんはひときわ輝いている。僕はそれをもう少し眺めていたい気がした。でもきっと、行かなければ怒るのだろう。眉根を寄せて、口を尖らせて。
早くー、と間延びした声が僕を急かした。うん、行くから、行くってば。待ちきれないのかみょうじさんは勢いよく足を引き上げて砂浜の方へ、あっ

「ぎゃっ」

みょうじさんが思い切り転んだ。さすがの僕も驚いた。スニーカーを脱いで、その中に靴下を入れて、みょうじさんの側にかけよった。うげえと顔を歪めたみょうじさんは、髪も服もびしょぬれにして鼻の先には濡れた砂粒をつけていた。

「大丈夫」
「最悪」
「…だろうね」

スカートが完全に海に沈むのもお構いなしにみょうじさんが座り込むから、僕もそのまましゃがみこんだ。制服のズボンに海水が染みるのが少し気持ちが悪い。みょうじさんの顔をのぞき込んで、指先で鼻の頭の砂を拭ってあげた。じいと見つめる。濡れた唇。

「んっ」

このくらいではみょうじさんは表情ひとつ変えない、と思っていたが今日に限っては少し気の抜けたような顔をしている。ああかわいいなと思った。ざぶんざぶんと打ち寄せる波。下着までもを浸食していく。吹き抜ける風。

「どうしてキスしたの?」
「したかったから」
「ふうん」
「ダメ?」
「ううん」

みょうじさんは立ち上がって、すっかり水を吸ったプリーツスカートを絞った。僕はそれを見上げる。皺だらけになったスカート、透けたセーラー服、海にしおれたスカーフ…

「帰ろっか」
「うん」
「シャワー貸して」
「うん」
「そのあとは…」
「…うん」