今日は髪、結ばないんだね。

月本くんがこう言うのが全部合図だった。うん、というと髪の毛に手が伸びてくる。ゆっくりと髪の中を月本くんの手が滑り、直接触れているわけじゃないのに首筋がぞくりとした。胸元まである髪の先まで優しく、撫でる。ぞくぞくする。月本くんの眼鏡の向こう、伏せられた目がわたしの心臓を締め付けた。月本くんはもう一度、てっぺんから髪を辿る。もう一度。もう一度。最後はいつも、唇で止まる。髪を撫でた指がそのまま、頬を辿って、わたしの唇を撫でるのだ。月本くんは触れるだけのキスをする。月本くんはいつもそう。こういう方が好きらしい。いろんなところにキスしてくれる。額、瞼、頬。わたしはこれらを全部期待して、いつもは結う髪の毛をほどく。月本くんちにお呼ばれするとき。わたしの部屋に月本くんを上げるとき。

「みょうじさん」

月本くんはゆっくりとわたしに触る。そんなにそうっと触らなくてもわたしは壊れたりなんかしないのだけど、月本くんはそっと私に触れる。くすぐったいくらいそっとだ。でもわたしはそれが好き。低い、少しかすれた声で名前を呼ばれるのも。首筋を撫でた手は肩を伝って太ももを這った。その頃になるとわたしも月本くんに手を伸ばす。首に手を回してぎゅっとするのも合図。そうすると月本くんはわたしの腰を引き寄せて、反対の手でぐっとわたしの肩を抱いた。鼻腔いっぱいに月本くんの匂いが広がる。首筋にかぷり、と歯を立てられて目をつむった。わたしのこと、全部食べてくれちゃえばいいのに。そのまま這う舌に息が漏れた。つうと首を伝って耳に暖かい息がかかる。だめ、だめよ月本くん、わたしそこ、

「あっ」
「ここ、好き?」

知ってるくせに。月本くんはずるい。耳を舐めて、耳元で囁かれて、それだけでわたしが変になってしまうのを月本くんはとっくに知ってる。なのにわざわざ、いつも聞くんだからずるい。でもわたしは全部期待して髪をほどく。髪をほどけば、月本くんがこうしてくれる。全部全部、期待をしている。