気まずい。こんなはずじゃなかった。今頃もっと幸せな気持ちで歩いてるはずだった。一也には悪いことをした。だって

「ごめん、お父さんあんなこと言うと思わなくて」
「いや、いいよ」

なんだそれ、うそつき。めっちゃ気にしてるくせに。顔見りゃわかる。そりゃ、そうだ。せっかく私と結婚しようと決めたのに、お父さんにあんなことを言われては。お前みたいな奴に娘はやれん、ってなんだ。確かに普通のサラリーマンみたいな安定感はないかもしれないけど、一也の未来はとくべつな輝かしいものなのに。普通に考えてめちゃくちゃ玉の輿じゃないか。野球選手だぞ。それをああもぬけぬけと。ばかじゃないのか。大好きだったお父さんが大嫌いになった。
隣の一也は神妙な面持ちで地面とにらめっこをしていた。転がっていた小石を蹴って、行く先を見つめている。お父さん野球見ないからあんなこと言えるんだよ、と言いかけたけれど私も野球は一也が出てない限りほとんど見ないから言うのをやめた。

「あのさ」

一也が重い口を開いた。じっと私を見据える目は真剣そのものだった。婚約破棄、かな。

「駆け落ちしよう」

え?
思わず足を止めた。一也は駆け落ち、と言った。本気?真意を知りたくて一也の表情をうかがうとやっぱり真面目な顔だった。でも、いいかもしれない。駆け落ちしちゃえばお父さんからもう文句も言われない。仕事は…なんとかなるだろう。いいかもしれない。一也以外と結婚する気もさらさらないのだし

「なんてな」
「はっ?」
「嘘嘘、冗談。あのな、両家に祝福されない結婚は幸せにはなんねえの。大体俺野球選手だぜ?駆け落ちなんてできるかよ。バレバレじゃねえか」
「そうだけど…」
「何?その気になった?」

意地悪げに笑う一也に図星をつかれて、どうしようもなく恥ずかしくなった。わたし、その気だったよ。勘当されてもかまわないよ、べつに。

「バカなこと考えんなよ。親御さんは大事にしろ。俺が野球で頑張ればいい話だろ」
「一也、」
「誰もが認めてくれる結婚、しような」

私が絶世の美女にならなきゃ誰もが認めてくれる結婚にはほど遠い気がする。こんな女が一也のお嫁さんだなんて、一也のファンに刺されるんじゃないだろうか。お父さん諸共。でも、嬉しい。いまここで死んでもいいくらい嬉しい。あ、死んだら一也と結婚できなくなるからだめだ。
一也が左手を差し出した。婚約指輪が光る、マメだらけの手。私の大好きな手。私絶対、この人と結婚するんだ。