「あ、クリスくんわたし、お茶入れてくるね」
みょうじがパタパタと部屋から出ていった。彼女の部屋に一人取り残された俺。柔らかな匂いが充満している。かわいらしいものがたくさんある、まさしく女の子の部屋。彼女はここで寝て、ここで。無意識のうちに生唾を飲んだ。久しく何も、していない。邪な考えばかりが脳裏をよぎる。だがそもそも、今まで手を繋いだり軽く触れるだけのキスをしたりするだけで十分満足だった。その先のことをしたことがないわけではないし、したくなかったわけではない。ただ小さくて愛らしくて、すぐに壊れてしまいそうな、そんなみょうじを前にするとあまりそういった欲求が生まれることはなかった。俺はみょうじを守ってやりたい。ただ側にいることができたら、それだけで幸せだった。それなのに何故、今日はこんなにもいけない欲望が頭をもたげてしまうのか。
「クリスくん、ミルクかお砂糖、いる?」 「あ、ああ…じゃあ砂糖を」
みょうじがスティックシュガーの封を開けて、湯気の立つ紅茶に注いだ。ティースプーンを持つ、小さく細く白い指。はらはらと落ちる髪の毛。襟刳りの開いたブラウスから覗く首筋に釘付けになる。噛みつきたい。乱暴に噛みついて、真っ赤な跡を付けたい。無理矢理にでも押さえつけて、貪るようなキスがしたい。ああでもだめだ、そんなことをしては嫌われてしまう。俺は彼女の側にいて、大事に大事に守ってやるんだ。それだけで幸せなんだ。そうしてたまに、キスなんかができればそれでいい。そう思っていたはずなのに。彼女の入れる紅茶はうまい、今日は味がしない。
「おいしくなかった?」
我に返った。一度紅茶に口を付けて、そのまま考え込んでいたらしい。今日の俺はどうかしている。そんなに欲求不満だっただろうか。こんなにふしだらな人間だっただろうか。野球ばかりで、あまりこういったことに悩まされたことがない…。
「クリスくん」
斜め向かいに座っていたみょうじが、俺の隣に寄ってきた。こうして並ぶと、みょうじの小ささを思い知らされる。そうだこんなに小さいんだ。手荒な真似は、してはいけない。
「こうして二人で会うの、久しぶりだね」 「そう…だな」 「しあわせ」
みょうじが俺に笑いかけた。天使のようだ。いつもこの優しい笑顔に助けられてきた。この笑顔を壊すようなことは、決してしてはいけない。俺の自分本位な欲望のために、この笑顔が陰るようなことがあってはいけない。 こつんと腕に頭を預けられた。かわいい、
「今日は何もしてくれないの…?」 「え?」
思ってもない言葉だった。みょうじの顔がみるみるうちに赤くなるのがわかる。みょうじがもじもじと俺を見上げた。しっとりとした目が、上目遣いで俺を見上げる。釘付けになる。
「わたしずっと…寂しかったんだけ、ど」
何でそんなこと。やめてくれ、そんなことは言わないでくれ。俺が必死で抑えた欲が、ぶり返すようなことは言うんじゃない。今日の自分に責任が持てない。もちろん期待は、どこか期待はしていたよ。ずっとこうして二人きりでは会えなかったから。でもこんなつもりじゃなかった、ここまでの気持ちになるつもりじゃ、なかったんだ。彼女を押し倒す自分を、制御することができなかった。
「叱ってくれ、みょうじ、俺は今日、ずっとお前をそういう目で見ていた」 「わたしはずっとこうされるのを待ってた」 「いいのか」
俺の下で彼女は、小さく頷いた。こうして押さえつけている肩のひ弱さが俺の良心を抉るのだが、それどころではない。俺は彼女の唇に食らいついた。唇を割って、舌をも蹂躙する。お互いの唾液が混ざり合う。みょうじの首筋に歯を立てた。なけなしの理性が歯型をつけるに至らなくした。幸いだった。みょうじがあっと声を漏らすのに、背筋が震えた。紅潮した彼女の顔に当てられて、また唇を貪った。俺はただの野蛮な獣になりつつあった。本当に情けない。
「はあっ……はあ……クリスくん、」 「…すまない。本当にすまない。でも今日は、とても加減ができそうにない」
だいじょうぶ。クリスくんの好きにして。 そうみょうじが小さく笑った。もう、だめだ。
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