私の大好きな人は紳士である。
彼は自称しているだけあって立ち振る舞いも身なりも高校生とは思えない位紳士的だ。
優等生で真面目、いつも背筋をぴんと伸ばしている誰からも慕われる紳士の鑑のような人。そんな紳士な彼ももちろんすきだけれど、私がもっとすきなのはテニスの試合の時にだけ見せるあのぴりりと突き刺さりそうなくらい冷たい目。冷たいけれど瞳の奥に潜む真っ赤に燃える火すら感じさせるあの熱。
彼のテニスは紳士的だけれど、時に冷酷だ。

「仁王くん、お疲れさま」

練習がひと段落終えた所で他の女の子よりも早くタオルを渡す。私に気づいた仁王くんは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに銀色をゆらりと揺らして不愉快そうに目を細めた。

「なんじゃ、おまえさん俺のファンだったんか」

仁王くんはクラスメイト。
教室で何度か話したことはあったが部活を見に来てこんなことをするのはもちろんはじめてだ。気づかれないように仁王くんの細められた目を観察するけれど、やっぱり試合中の彼の目とは全然違う。でも。
私より上の人たちがいう、いわゆる武器のスカートをふわりと揺らして仁王くんの耳元に唇を寄せる。

「仁王くんのこと、すきだったの」

囁くように言えば仁王くんは心底めんどくさそうにため息をつく。揺れる銀の向こうに一瞬捉えた栗色にじわりと焦がすような熱が胸にひろがった。

*

がたん、荒々しい音を立てて机に押し付けられた。背中がひやりとして熱で火照った身体にここちいい。私の首もとにうずまっている銀色を確かめるようにかき混ぜるけれど、そこには色素のほとんどない柔らかい髪があるだけだ。
なにかんがえとる、と視線が絡み取られる。身体はこんなにもひどく火照っているというのに、仁王くんの目は少しだって彼の熱と似てはいなかった。


*

「仁王くんのイリュージョンってみんなを騙せるの?」

制服のボタンを留めながら問いかけた言葉に当たり前だと頷く仁王くんはとても自信げだ。
すごいね。ちっとも思ってやしない賞賛の言葉を投げればさらに笑みを深くした。

「こんどは、やぎゅの格好で抱いちゃろうか」

なにがおかしいのか笑いながら言う彼は、他の子にも同じセリフを言っているのだろうか。それを受けて、女の子はなんてかえしているのだろうか。そちらのほうが気になるものだ。

「仁王くんに彼の代わりはつとまらないよ」

笑って告げると仁王くんはぴくりと眉を動かした。だって、似てないんだもの。
言うが早いか私の胸元を軽く掴んだ仁王くんは瞳に苛立ちを浮かべている。ああ、だめ。これも似ていない。

その手を払ってあの時のように耳元に唇を寄せた。

「完璧になったらまた抱いてね」

150211


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