「ひろしくん、なにつくってるの?」
「シロツメクサのかんむりですよ」
「かんむり? わあ、とってもかわいい!」

ちいさな手にやさしく握られているそれはいわゆる花冠というもので、幼稚園児が作ったにしてはあまりにきれいな形をしていた。その頃おひめさまになりたいと願っていた私はきっとあれをつけることができたら本物のおひめさまになれるんだろうなあなんてことをワクワクしながら考えていたことを覚えている。比呂士はその頃、クラスのおんなのこのことが好きだったからきっとそのこにあげるんだろうなってわかってたけどあんまりにもすてきだったから私はいつものようにわがままを言ってしまっていた。

「それ、なまえにちょうだい!」
「えっ、だ、だめだよ!」
「やだ!なまえ、それほしい!」

断られたことにショックを受けてわんわんと泣きながら駄々をこねる私に比呂士は困ったような顔をしている。私は昔から本当にわがままだなあ。そんな光景をぼんやりみていると、比呂士は小さい手で私のあたまをくしゃくしゃと撫でた。

「なまえちゃんには、もっときれいなのをあげたかったんだ」
「うそつき……みみちゃんにあげるから、なまえにはくれなかったんでしょ」
「…? どうしてぼくがみみさんにあげるんです?」
「だって、ひろしくんみみちゃんのことすきって、なまえしってるんだから」

ぐすぐす泣きながら訴えかける私の言葉に比呂士は目をまんまるにして、それからさらにあせったような顔をして私の手をぎゅうとにぎった。

「そんなことない!ぼくが、ぼくがすきなのは」

まだレンズに阻まれていない綺麗な瞳がこちらをまっすぐに見つめる。比呂士が言葉を続ける途中でぱちん、と浮かんでいたシャボン玉が割れて ちいさい比呂士とちいさい私は白い世界に消えて行った。


「……比呂士のすきなひとって、だれだったんだろう」

ピピピ、と響く機械音を止めてからぼんやりと考える。あのあと、お迎えにきたおかあさんたちによって比呂士の言葉は最後まで紡がれることはなかった。結局泣き止まない私に比呂士は花冠を私の頭に乗せてくれたけど比呂士は笑顔になった私をみて困ったように笑うだけだった。
やっぱり私じゃなくて違う子にあげたかったんだろうなぁ。私のわがままはあのころからちっともかわりやしない。
起きてはやく準備をしなくては学校に遅刻してしまう。頭ではわかっていたけれど、どうにもそんな気分になれなくて私は再度あたたかい布団に潜り込んだ。



* * *


「こんなところで何をしてるんだ」
「…また柳。最近よく会うね」
「そんな言い方をされては傷つくな」
「全然傷ついてるように見えないけど」
「ばれたか」

後ろから聞こえた声に振り返ることもせずにぷちりと花をまたひとつもぎとる。(ごめんね) 後ろに立つ柳はきっといつもの読めない表情で笑っているのだろう。本当に、さいきんはよく柳と会うものだ。柳がこんなところ、と形容したここはベンチなどが設置してあり、お昼時には賑わう裏庭。緑がたくさんあるここは、足元にはたくさん踏まれているだろうに健気に咲く三つ葉やシロツメクサが一面に敷き詰められている。放課後にここに立ち寄る生徒はめったにおらず、お昼の喧騒が嘘のようにしずかだった。

「シロツメクサの花冠か」

私の隣にしゃがみこんで手元をのぞく柳は笑う。高校生にもなってなにをしているんだという視線を感じたがそれには気づかないふりをした。

「へたくそだな」
「うるさい」

いびつな形になってしまった花冠は、私の手の中で完成を遂げた。携帯と睨めっこしながら正しい手順でつくったはずなのに花冠はよれよれで、くたりと力なく横たわるシロツメクサたちはなんだか悲しそうだ。記憶に残っている花冠も、今朝夢でみた花冠もあんなにだってきらきらしていたのに、さきほど完成した私の手の中で眠るこの花冠は手折られるまえのほうがよっぽどきらきらして見えた。

「小さいころにいちど、比呂士につくってもらったことがあるの」

比呂士はきっとおぼえてないだろうけど。今朝夢でみたあの日のことを思い出しながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ私に柳はちいさく相槌をうつ。
いつからか、比呂士とふたりで遊ぶことはすくなくなっていって、少しずつではあるけれど私たちの距離は開いて行った。昔はずっと一緒にいて、一緒にあそんで、一緒にごはんをたべていたそれが変わってしまったのはいつからだっただろう。手をつなぐのが当然だった毎日がおわってしまったのはいつからだっただろう。それらがゆっくりと確実に、私ひとりを置いて変化していくことがさみしくてたまらなかった。

「柳生と喧嘩をしたのだろう」
「…柳は超能力者だね」
「おまえがそう思うのならそうかもな」

最近柳と話してて初めて知ったこと、柳は意外と冗談を言う。ちらりと横目で柳をみるとあいてるのか閉じてるのかわからないその目は(前本人に言ったらおこられた)こちらを向いていた。柳のなんでもお見通しです、みたいな顔は少し苦手だ。思わずもれてしまったため息に、幸せが逃げますよとよく窘められていたことを思い出す。もちろん、比呂士にだ。私の記憶の中は予想していたより比呂士でいっぱいだと心の中でまたため息をついた。


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