あの日の夜、ラインも電話もたくさん入っていたけれど全て目を通す事なく電源を落とした。次の日に慌てて私の方へ来て謝る白石に私は何度も何度も心の中で繰り返した言葉を浮かべた笑顔と一緒に吐き出した。
気にしてないよ。ちゃんと、わかってるから

携帯は学校に忘れちゃって、と添えたその言葉に少しだけホッとしたような顔をした白石を見てちゃんと笑えていたのだと安心した。

あの日からだって、白石の態度は変わらない。もちろん、教室で話しかけられない事も、帰り道に手を繋いで歩く事も。今までと同じ毎日なのに、それでも私の心は毎日毎日砂をかけられているようにゆっくりと渇いていくだけだった。


「ねえ、あんた最近白石くんとどうなの?」

お昼を食べている時に、突然友達に投げかけられた言葉に首をかしげる。友達はため息をついて、そっと私に耳打ちした。

「なんか、B組の佐々木さんと付き合ってるって噂きいたんだけど」
「……なにそれ」
「詳しくは知らない。ねえなまえさ、いつまでも白石くんがあんたのこと好きでいてくれるって高括ってたら後悔しちゃうよ」
「…そんなこと思ってないよ」
「……まあ、いいけどさ」

ぽん、と頭を撫でて友達は何事も無かったかのようにお弁当を食べはじめる。言われた言葉だけがぐるぐると回っていつもは美味しいおかずの味はちっともしない。黙々とお箸を口に運んでいると教室が少しだけざわめいた。ゆっくりと教室の外側へ目を向けると、そこに立っていたのはあの日白石に抱きついていた女の子だった。あの日とは違い涙に目を濡らしていない彼女の目はぱっちり開いていて、少しだけ施されたアイメイクはそこまで華美ではないものの彼女の良さを十分に引き立たせている。

「…ね、あの子」

ぼうっと見つめている私に友達が小さく 声を出した。

「…B組の佐々木さん」

そう友達が呟いたところで、ばちりと目があった。彼女はすこし眉毛を下げて、軽く会釈をする。それに私も座ったままではあるが会釈をし返した。

「え、知り合いなの?」
「知り合いっていうか、告白現場を見てしまったっていうか」
「…マジか」

逸らされた視線に私も視線をお弁当へと戻すと、ねえ、と再び友達が呟いた。

「…あの子さ、お弁当箱持ってるじゃない。毎日お昼に白石くんに届けてるらしいよ」
「……ふうん」
「ふうんってあんた…なんでそんな平然としてられるの?自信ありすぎ」

その神経の図太さを見習いたいと冗談交じりに笑う友達に笑い返した。
…あの子がお弁当を届けてるなんて、知らなかった。白石はそれを受け取ってるのかな、食べるのかな。それとも、一緒に食べてるのかな。
あの子は見た目だけでもあんなにかわいいのに、必死に白石に好かれようと頑張っているんだ。

平然となんてしてないよ。自信だって、これっぽっちもない。それでもそうしているのは、そうしなきゃ私の中の、白石の彼女という看板がぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうだから。でも、もうダメかもしれない。

クラスの誰かの声が聞こえた。

「佐々木さんと白石くんってお似合いやなぁ」

うん。私も、そう思うよ。

* * *

優しくて努力家で妥協を知らない彼を知れば知るほど、完璧すぎて少しだけこわくなる。だけど、目をそらすことをやめて向き合った私が彼に惹かれるのなんてそう遅くないことだった。

震える手を抑え込んで白石に思いを伝えたとき、彼は大きな目がぽろりと落ちてしまいそうなくらいに見開いて、それから強い力で私を抱きしめた。鼻いっぱいに太陽と薬草の匂いが広がったのを鮮明に覚えている。

「ほんま、夢みたいや」

呟かれた言葉に顔をあげると、白石は私のはじめて見る顔で笑っていた。気遣う様な顔でも、困った様な笑顔でもない。泣きそうで、幸せそうな笑顔だった。夕焼けに照らされるその顔があまりにも眩しくって、なんだか目に沁みるようで、すこし涙が出た。


151112


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